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ep.8

 この気持ちは嘘なのに…。  偽物なのに、俺は失くしたくないのかな─  怖くて、わざと嫌われるような真似をした─    どっちにしろ  実る筈もないのに…  自室のベッドに凭れ、天井を仰ぐ三住は苦しげにシャツの胸元を握りしめた。 「嘘でも胸の痛みは同じなんだな…」  瞼をきつく閉じると、無邪気に笑う桜庭の姿が頭をよぎって行く。  翌日になっても同じ教室に座る、どことなく元気のない三住に桜庭は話しかけられずにいた。 ─何だか、スッキリしない。  謝ったけど、多分謝りきれてない…。  ただ、三住を傷付けた─。 「俺バカなのに考えさせんなよ…」と唸り机に伏せる桜庭を時田は静かに眺めた。  結局、休憩時間も三住は教室から姿を消して、自分は明らかに避けているのだと落ち込んだ。いつもは完食する弁当も、何だか胸に詰まって初めて残してしまった。  ホームルームが終わって、ドアに近い席に座る三住はさっさ椅子を引いた。慌てて桜庭がそれを追いかけ、教室を出た先でようやく追いつく。 「帰んの?」  その声に三住はゆっくりと振り返った。 「あ、あのさっ、まだこの間の事」  三住は微動だにせず、静かなまま、桜庭を見るというよりも眺めるように遠く感じた。 「本当に謝るよ、本当、ゴメン。無神経な事言って、俺…」 「謝るって行為はさ、ただ、謝って自分が楽になりたいだけなんだよ」  冷たい声と、冷たい眼差し。  補欠合格を揶揄ってきた時の三住とはまた違う、本当の冷たさだった─。  桜庭は唇を強く噛んで、小さく震えだす。  三住の瞳にふっと温度が灯り、驚きの声が「えっ?」と漏れる。  桜庭は大きな瞳からボロボロと涙を流しだして、顔を真っ赤に染めている。 「じゃあ、どうやったら…お前は楽になれんの…? 俺、どうやったら…っ、ううーっ、補欠合格に難しい事求めんなよ~!」  子供のように泣きじゃくって桜庭は瞼をこすり嗚咽する。  それまで無反応だった三住は急に焦って桜庭に駆け寄った。桜庭が泣くなどと想像もしていなかったからだ。  どう言葉を掛けていいのか判らず、いきなり三住は桜庭を抱きしめた。そして心苦しげに「桜、ゴメン…」と後悔の濃い声を発した。  廊下で他の生徒が驚きながら通り過ぎて行くが、三住は気にしない。お陰で少し腕の中で慌てる桜庭にも気付いていない。そして何度も深い声で「ゴメン」と繰り返されると、桜庭は胸の中の経験したことのないモヤモヤの感情が次第に薄れていくのが判った。  腕の中で深呼吸すると、涙も穏やかに引いて行く。  少し体をズラして、三住の顔を見上げた。 「なあ…少しは楽になれた?」  少しだけ泣きそうな顔をしながら三住は「う、うん」と何かに動揺した様な返事を寄越した。 「なら、良かったー」  いつもの無邪気な笑顔とは少しだけ違う、眉を下げて目元を染め、安堵した桜庭の笑顔。  三住は胸を締め付ける今にも溢れそうな感情にどうにか蓋をして、唇を噛んだ。  もう一度抱しめても、桜庭は抵抗しなかった。    溜息を一つついて「ありがとう」と三住は伝えると、「何ソレ」と照れ隠しみたいに笑った声が帰って来た。

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