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「……はぁ……」  遠野さんのことは、嫌いじゃない。嫌いか好きか、で問うなら好きのほうに位置しているのだろう。  では、この『好き』はどんな好きなのか。それが、いまだに結論付けられずにいる。  思えば、この十五年間、誰かから愛される、という経験に恵まれてこなかったように思える。物心ついたころには親元から強制的に(口減らしとかそういうたぐいのものらしい)離されていたのだから、親の愛情なんかまともに受けていない。それに、友人を作ろうにも、娼館へ奉公に出された子同士でしか友情をはぐくむのは難しかった。歳が十に届くか届かないかの頃合いで、次第に下働きから男娼の仕事を覚えさせられるようになり、友情をはぐくむ暇はすりつぶされていった。結果、まともな人間関係をはぐくめることなく育った。人間関係をしっかり構築できるかは、いまだに危うい気がする。 遠野さんが身請けをしてくれる、と話したとき、娼館の主はとても喜んでいた。遠野さんから金がもらえる上に、さほど稼ぎもよろしくない男娼がいなくなっても痛手ではないというのもあるのだろう。  数日かけて遠野さんからもらう金品の交渉をし、僕自身はというとこの館にいられなくなる、ということで身辺整理を淡々と――たまに客をもらったり、遠野さんと話をしたりしながら――こなしていた。  僕は、遠野さんに何度か尋ねた事柄がある。 「ねえ。僕のことを可愛がってくれる?」  遠野さんは穏やかに笑み、頷いた。  偽りごとの、しょせん真似事の疑似恋愛。  それでも、僕の名を呼び可愛がってくれていた遠野さん。  ほかの客も似たようなことをしていたものの、たいていの客はそれっきり顔を見せることなどなかった。その点、遠野さんは顔見知りといってもいいだろう。僕が客を引くようになってから、月に一度は確実に会いに来てくれていた。 「好きだ。好きだよ、ミヤビ」  抱くたびに何度も聞いた言葉。きっと、他の子にも似たようなことを言っているとばかり、思っていたのに。  身請けも目前に控えたある日、僕はまた同じことを聞いた。 「ねえ。僕のことを可愛がってくれる?」  いつものような、穏やかな笑みと共に、今度は言葉が添えられた。 「もちろん。ぼくは、ミヤビのことを好きだからね」 「……それって……どんな感じ? 僕、まだ……好きって、……いまいち、分からなくて……」  質問した直後に質問を重ねるというのもおかしいなと思いつつ、問いかけた。  参ったなぁ、と遠野さんは苦笑しながら、ぽつぽつと答えてくれた。 「難しいことではないよ、ミヤビ。君のことを想うと……、なんだか胸のあたりがぐっと苦しくなったり、いつもそばにいたいと思ったり。ああ、もっとミヤビのこと知りたいな、近くにいたいなと思ったり……。ごめん。陳腐な答えしか思い浮かばないけど、いまのぼくの精一杯は、こんな感じだよ。つたなくて、ごめん」 「……言っている内容そのものは簡単なんだろうけど、僕にはまだ理解できないよ」  思えば、今まで僕を買っては『疑似恋愛』にふけった客も、愛の言葉を口にする奴らが何人かいた。どいつもこいつも、時間になればそれらが一瞬で冷めたかのようだった。現に、何度も来てくれる客は遠野さんくらいのものだ。  そんな僕に、遠野さんはまた、少し困ったような笑みを浮かべる。 「困ったな。未来の伴侶になってほしいと思うくらいには、君が好きなんだけど……。仕方ない、か。いずれ、ぼく相手でなくとも分かるといいのだけれども」  そう言って、僕の頭を一撫でしてくれた。その手つきは、とても優しいものだった。  感覚としては、なんだか悪い感情など一切なく。むしろ、嬉しさすら感じるものではあった。

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