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 ついに、その日が来た。  僕はこの娼館を出て、遠野さんの元に行くのだ。  娼館での少しだけ長い暮らしの中でできた仲間たちは、いつかどこかで会えたらいいねなどと口にしたり、たまに激励の言葉をくれたり、少し世話焼きな子はどうすれば買ってくれた人に好かれるか考えてくれていたり、と……要するに温かく見送ってくれる姿勢だった。意外で仕方なかった。今まで、まともな人間関係なんて構築出来ていないと思っていたのに。やはり、ここに長くいるせいだろうか。  好きだ、という言葉。僕でないとだめな理由。自分なりに考えてみたけれど、大切なところにもやがかかっているような感覚にとらわれていた。  それでも、今日は彼の元に身請けされる日。そのためには……、せめて少しでも好かれる努力だけはしておこう。 「……可愛がってください、遠野さん。……なんて、ね」  練習、という訳でもないけれど、そんな言葉を口にしてみる。  そこで、ふと疑問が生まれた。  僕は、他の客にそう思ったことはあっただろうか……、と。 思えば、他の客相手には『早く終わってほしい』とは思うことはあれど、可愛がってほしいとか、もう少し話していたいだとか、行為そのものがまんざらでもないだとは、思ったことがあっただろうか。そもそも、好かれたいと思っていないなら、手持ちで一番美しい着物を着る意味などあるだろうか。 そこまで考えが及び、徐々に疑問符というもやが晴れていく感覚と……、同時にどうしようもない照れくささ、遠野さんに対する少しばかりの申し訳なさが生まれてきた。 僕は、理解しようとしていなかっただけなんだ。理解するのが、少し恐ろしかったのだろう。他の客を取っては疑似恋愛をしているなかで、感覚がおかしくなっていたのだとは思うのだけれど、……それにしても、今の今まで遠野さんに失礼だったのではないだろうか。真摯に恋愛感情を伝え、それでも僕の感情も尊重しようとしていた彼に対して。 まだ恋とか、愛とかそのあたりの感情に実感はない。でも、今なら少しずつでも理解できるかもしれない。  きっとこの感情は、ゆっくり知っていけばいいのだ。しかしどうやら、遠野さんの思う通りにことは進みそうだ。  僕は、僕は――きっと彼に好意を抱いている。この苦しくて、甘くて、照れくさい感情は、きっとそれに近い、いや、まさに恋という感情なのだろう。  なんで、今まで……目を背けていたのだろう。ここで働くうえで、雑音になるから、だろうか。それにしたって……、この感情はなかなかどうして、むずがゆいんだな……。

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