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第3話

「ちゃんと買ってきたか?」 「はぃ…。すごく恥ずかしかった」  万札一枚渡してドラッグストアへ向かわせた。そのままトンズラしてくれりゃ良かったものを、馬鹿なガキは言われた物を手に入れて戻って来やがった。 「ゴムとローションと、 ……イチジク浣腸、です」 「ーーー…チッ」  差し出された紙袋をふんだくる様に受け取った。袋の中を確かめる。どうやら釣り銭もこの中に入れたらしい。数枚の紙幣と小銭が買わせた品物と一緒に入っている。貧乏人の癖にネコババはしないのか。 「ゴムはうすうすってのでよかった? 初めて買ったからよく分かんなくて」 「ーーー…ああ」  袋の口を閉め直し再び押し付ける。 「お前が持て」 「え、あ…。 はい」  踵を返して先に進む。直にネオン瞬く看板の入口へ滑り込んだ。こんなみすぼらしいガキと一緒に入る所を、知り合いにでも見られたらと思うと気が滅入る。 「おいっ、グズグズすんな。早く来い」 「は、はいっ」  おずおずとついて来るちんちくりんをパネルの前に立たせ「選べ」と言うと迷いに迷った挙げ句、明かりのついてるパネルから一番安いボタンを押そうとする。 「おい待て。 お前、俺にそんな安部屋のベッドを使えって言うのか?」 「ふぇ!? や、ああ、あのっ。 オレ、わ、分かんなくて、その…」  空いてる部屋の中で一番良さそうな部屋のボタンを押させる。チラチラ振り返り、本当にこれでいいの?と伺う様に見てくるのが鬱陶しい。むすっとした顔のまま顎をしゃくって急かす。こんな入口でモタモタするなと言いたい。  受け取り口から出てきた鍵を拾わせ、小突いてエレベーターに乗せた。箱の中に入ってすぐに気付いた。 「………臭い」 「ひぇ? オ、…オレ?」 「他に誰が居るんだよ。 お前、何日風呂入ってないんだ?」 「え…、っと。 ……まだ3日だよ?」  ゾッとした。どうりで臭う訳だ。3日も風呂に入ってないのに「まだ」だと?   「ふざけんなよ…。 いったいどんな生活してたら、3日も風呂に入らない事を“まだ”とか言えるんだ?」 「ええ? でも夏じゃないし、そんなに汗もかいてないよ?」  臭うかなぁ、と服を引っ張りクンクン嗅いでいる。何なんだこいつ。ガキっぽいだけじゃなくて本物のお子ちゃまか?  エレベーターから降りて部屋に入る。入って3歩のドアを開けるとデカいベッドとソファセット。壁掛けの液晶テレビにミニ冷蔵庫。それからアダルトグッズの自販機に半分ガラス張りのバスルームがある。  俺の後から引っ付いて入ってきたガキが、ポカンと口を開けキョロキョロと部屋を見渡す。その間抜け面に溜め息が出た。  冷蔵庫からビールを取り出し蓋を開け、グビグビと喉を鳴らす。ちょっと落ち着こう。   「おいお前。 その臭え身体、さっさと洗ってこい」 「へ!? で、でもあの風呂場、丸見えだよ!?」  恥ずかしいなぁ、等と今更な事を言ってくる。頭が痛い。 「お前みたいなガキの裸なんか見たって何とも思わねぇんだよっ。いいからさっさと入れっ!」  追い立てるように風呂場へ向かわせた。ブツブツと文句を垂れながらグズるガキがようやく風呂場に消えた。その間に思案する。  そもそもあのガキ、歳は幾つだ? ゲイバーなんかにいた事を考えれば20歳は超えてるはずだ。稀に歳を誤魔化す奴もいるけど、流石に18歳にはなってるだろう。…全然そんな風に見えないが。   「大学生? …いや。頭悪そうだしな。 フリーターか?」    だいたい親は? 田舎から上京してきたばっかりとか? まさか家出じゃねぇだろうな? 「おいおい…。 高校生とかいわねぇよな?」  それは不味い。俺が捕まる。未成年淫行罪ってマヌケな犯罪者の肩書だけはゴメンだっ!   「ふぁー、気持ちよかった! 廉さん、この風呂スゴイね。泡だらけだったよ?」    服の上から想像してた以上にガリガリの身体を赤く染めた風呂上がりのガキが、上機嫌でのんきな事を言ってきた。 「おい、お前…。 聞くの忘れてたが、歳は?」 「ん? 16だよ」 ーーー…は? 「じゅ、16っ!?」 「うん。 あれ? 言わなかったっけ?」 「おいっ、今すぐ服着て帰れっ!」 「なんで!? やだよ!」  ヤダじゃねえ! 未成年、それもまだ毛も生え揃ったのかどうかも怪しい子供なんかと、ラブホテルにいるってだけでヤバいのにっ。 「オレ、絶対帰んないからねっ!」 「じゃあ、俺が帰る」  ガシッと腰に纏わり付いてきた。   「お、おいっ! 離れろっ!」 「やだやだっ! 廉さんとエッチするんだ! 最初くらい、夢見させてくれてもいいだろっ!」 「何が最初くらいだっ! 未成年がウリなんか出来る訳ねぇんだよっ! オッサンにもそう言っとけ、この馬鹿っ!」 「い、言ったよ! でもガキが好きな爺さんに売るって言われたんだよ! 他に金返すアテなんかないしっ、だからオレっ、」 「ーーー、おい。ちょっと待て。 スーツの弁償がどうのこうのって件は?」 「そんなの嘘だよ。本当は、親父の作った借金の形に売られるんだ」  おいおいおい。随分とキナ臭い話だな。そんなの、この21世紀に存在すんのか? あるとすりゃ、それはもう裏も裏。その筋の世界の話じゃねぇか。 「だったら尚更、俺を巻き込むなっ!」 「廉さんには迷惑かけないからっ、約束するからっ、だ…だからっ、 …おねがいします」  腰にしがみつく細っこい指がぶるぶる震えながら、白くなるくらいキツく俺のシャツを握り締めている。     「ーーーー…幾ら?」 「……へ?」 「借金だよっ。 幾らあるんだ、って聞いてんのっ」 「え…、っと。 確か、ーー…200万」  はぁ…。  たかが200万で人生売るとはねぇ。やだやだ、これだから貧乏人は。  やっぱりガキは嫌いだ。 「ーーおい。服を着ろ。 出るぞ」 「廉さんっ!!」  そんな顔しても駄目だ。俺は子供に手を出す程、落ちぶれちゃいねんだよ。 「おねがいだよ…、 廉さん…」  泣き脅したって、駄目なものは駄目なんだよっ!この馬鹿ガキ!

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