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第2話

明くる日の休日、通勤列車に揺られているであろう時間に榊原からメッセージが飛んできた。 平日休みである大林へ、夜飲みに行かないか?という内容のお誘いである。 まるで人の予定を把握しているのか、と思うくらいのタイミングだ。 日中は別のオトモダチと会うということを知っていたのだろうか。知っていなくても、行動パターンを予測した上でのお誘いなら尚怖い。 大林は寝起きの頭でたっぷりと30分を要し熟考すると、20時ならと端的に返信した。 「くぁ…」 欠伸で涙がにじむ。ボリボリと後頭部をかくと、オトモダチ専用スマホを手に取る。 ヤリ友専用の端末で、男漁りはこのスマホでしかしない。 ポチポチと寝転びながらSNSを開くと、夜会う予定だったオトモダチの一人に断りの連絡をいれた。 昼と夜で別々の相手と遊ぶ予定だったが、榊原のお誘いを断るほうが怖かった。 間髪入れずに別のスマホから榊原の返信がくる。 キャラに似合わず可愛らしいウサギの喜ぶスタンプに、なんとも言えない顔になる。 断りの連絡を入れた大林を褒めるかのようなタイミングだ。本当に怖い。 とはいえ翌日の連勤のことを考えると体的には楽である。晩は恐らく奢ってもらえるだろうし、今日は遊んだ上でお金も入る。 一通りスマホをいじって満足をし、昼に向けてシャワーでも浴びるかと立ち上がった。 ぺたぺたと足音を立てて浴室に向かうと、常備してあるローションと拡張器具を片手間に取り上げ、準備もついでにしておくか、と念の為長風呂になりすぎないように目覚ましをセットした。 我ながら爛れた生活だなと思う。オフの日の自身を見られたとはいえ、世間からは鼻つまみにされそうな趣味と実益を兼ねた休日を楽しむ奔放な男に、よく興味を持ったよなあと取り留めのないことをシャワーの温度調節をしながら改めて思った。 「さ、ぃあく…」 榊原と約束の時間まで後一時間はある。 だが大林はまるで足を引きずるように歩いていた。なぜなら、今日の相手に変なふうに側腹部を鷲掴みにされたので、骨盤がキシキシと傷んでいた為だ。 執拗に擦込まれた後ろも腫れているようにジクジクと痛む。まったくもって体が重くて仕方ない。 爛れた生活をしている自覚はある分、後腐れのない関係を望む大林にとって最大のデメリットは、加虐性のあるプレイを強要されることである。 勿論プレイも事前に何がだめだとかはやり取りをしていた。 だが稀にいるのだ。気分が乗ってくると暴力に等しい行為をしてくる者が。 今回がそれだった。 いつからかセックスをしても快感を得ることが難しくなってきた。その為反応を伺うような相手だと演技をするようになってしまい、それが尚更裏目に出てしまう。 単純なやつなら演技でもいいが、変にプライドが高いやつはそれが裏目に出る。テクニックはないくせに観察力だけはある最悪なパターンだ。 大林自身も自分が悪い部分もあると思うので、もうこれきり相手にはしないことを心に決めて連絡先の削除と拒否設定をして水に流すことにした。 「あー、とりあえずすわろ…」 まさにへろへろである。歩けてはいるが、足を挫いたかのような歩き方だ。とにかく一服したかった。 待ち合わせ場所である駅の程近くにあるカフェに入り、注文を済ます。 温かいココア片手に喫煙室に入ろうとして、やめた。 「…………。」 別に気を使うわけではないが、タバコの香りをまとったまま、歳上の男(ましてや顧客である)と会うのは如何なものか、という考えに至ったのだ。 今までのオトモダチにかんしては、ほぼ他人だったため気負わなかったが、相手に弱みを握られていれば気を使うのは道理だろうとポケットにタバコを戻す。 なんだか口寂しい気はするので、カウンターに戻り、追加で5枚入りのクッキーを購入した。 ボリボリとアーモンド入りのクッキーを咀嚼する。 この後が飲み会とかは気にしない。 大林は甘味がすきだ。鞄にはいつもチョコを常備するほどには。 甘いクッキーに甘いココア、至高だ。嫌なことはあったが、こうして手軽に気持ちを切り替えることができる好物があることはつくづく幸せに思う。 周りから見たら、まるで甘いものなんて食べません。という風な風貌だ。 やや釣り上がりがちな切れ長の二重にすっと伸びた鼻筋。薄赤い唇の端に付いたクッキーを舐めとる赤い舌は艶めき、瑞々しい。中性的だが、ふわりと香るような色気がある。 女性からみたら遊ばれてもいいと思う人も居るだろう。積極的に声をかければ、実際大林は誰とでも寝れる。 だが、白のマオカラーシャツに黒のチェスターコート、同色のスキニーとスエードブーツに差し色で組み込まれた細身のゴールドのシンプルなネックレスという今日の服装が聖職者のような雰囲気に仕立て上げた為、容貌に似合わず禁欲的なイメージに繋がった。 周りのお姉さま方からしてみたら、手出し無用のイケメンである。中身はビッチだとは誰も思うまい。 そんな周りの様子などまったく知らない大林は、尻のあたりに振動を感じるとポケットからスマホを出し、耳に当てた。 「あ、つきました?俺も今出ます。」 榊原から最寄り駅についたという連絡である。待ち合わせより15分は早い。小腹は満たされたし、座れたので少し体力も回復した。今日は榊原とご飯を食べたらすぐに帰ろう。 そう考えた後、コツリと靴音を立て店を出た。 店内はまた少しずつ会話が戻る。 大林を静かに見守る会は自然発生し、また穏やかに消滅したのだった。

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