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第3話
百貨店の終業時刻が20時なので、駅周辺に見知った顔も居るかもしれない。
大林は面倒くさいが理由で通いなれた駅に待ち合わせしたのを少し呪った。
ふと思い立ったときに購入したサングラスも、また無駄な出費だし、いくら座って体力回復をしたとしてもだるいものはだるい。
駅近くの花屋の横で手持ち無沙汰にスマホを弄っていると、丁度真横から声をかけられた。
「やっ」
「っ、…びびった」
注意を払ってなかった大林も悪いが、いきなり死角から登場されたのだ、少しくらいの動揺は大目に見てほしい。
榊原はよほど反応に満足したのか、堪えるようにンフフと笑う。
「やぁ、ごめんね?なんだか今日は大人っぽいね。」
「年上の彼氏みたいな発言やめてください。」
「おや、そんな親しい間柄に喩えてくれて嬉しい。」
「……。」
可愛げを出していったつもりなんて微塵もなかったが、榊原はポジティブに捉えたようだ。まさかの言葉に不本意な表情を隠しもせず、思わずムッと見上げた。
榊原自身はそのあどけない顔がなんだか素のような気がして思わず頭をなでたくなったが辞めた。弟がいる兄とはこんな気分なんだろうな、としみじみとむず痒い感情を噛みしめる。
撫でてもいいが、もう少し仲良くなってからかなぁ、と思われていることは露知らず、大林はにまにまする榊原を変なものを見る目でみやる。
「大林くんは素直でいいね?」
「そりゃどうも…何食べるんですか?」
「あまりおしゃれなところを期待されると困るんだけど、寒いし鍋とかどうかなと。」
「いいっすね、連れてってください。」
連れてってください、の言葉にやはり素直な子だなと思う。鍋と聞いて少し声のトーンが上がった様子を見、大林のテンションが若干上昇したようだ。とほっとする。
榊原自身年下の後輩は勿論いるものの、外食をするような間柄ではないし、敬遠されている様子が伝わってくるので誘うようなこともしない。
純粋になんかおもしろそうなこだな、と声をかけたのは大林が初めてだ。
世の中的に逆ナンというのだろうか?などと過ぎったが、もう済んだことである。
職業柄、接待を伴うことも少なくはない為、美味しいお店というものを人より知っていると自負している。
今日は朝から寒く、夜も冷え込むとのことだったので、真っ先に鍋だと決めていた。
勿論サイドメニューも豊富にあるので、飽きることはないだろう。なによりも独り身の為、鍋自体家では食べずに(というのは建前で料理は出来ないのだが。)久しい。
これ幸いと食事に誘ったのも大林の性格が気に入ったのと、仕事で使えそうな鍋料理の店の下見も兼ねていた。
「もつ!!!」
「うんうん、博多にあるらしいよ、ここの本店」
「絶対にうまいやつじゃん…」
ぐつぐつと煮込まれた鍋にはつやつやと光るモツと鮮やかに染まったニラ。キャベツやもやしなど主張は控えめだが無くてはならない脇役に徹している。
醤油に鶏ガラベースのスープは一口飲むだけでうっとりすること間違いなしだろう。鷹の爪の差し色がなんとも食欲をそそる。
大林もキラキラとした眼差しで大人しくマテをしているが、腹の音はしっかりと榊原の耳に入っていた。
「モツ鍋なんてお店でしか食べないしね、せっかくだからしっかり堪能しようじゃないか。」
「俺一人暮らしだから鍋とか久しぶり‥…しかもモツ…」
榊原から差し出した箸を恭しく受け取ると、榊原の茶碗にぷるぷるのモツ、ニラなどの野菜類をバランスよく盛りつける。
まずはここに連れてきてくれた事に感謝だ。
「榊原さんどうぞ、熱いうちに。」
「ありがとう、君も冷めないうちにどうぞ。」
そっと受け取ったのを確認すると、待ってましたとばかりに大林も自分の分をよそう。
頂きますを合図に一口スープを飲めば、もうなにも言うまい。とにかくうまかった。
「ああ…いい……」
「艶めかしい感想だね。たしかに美味しい。こりゃ当たりだね。」
「どこで知ったんすかこんな店」
「仕事柄グルメ雑誌と付き合いが長くてね。」
「なるほど…?」
うまい飯とアルコールは人の心の壁を取り除くにはもってこいだと先輩が言っていたが、本当にそうだ。
元にあんなに懐かなさそうな大林の興味を引いたのだ。はふはふと鍋を美味しそうに食べている姿を見ると、改めて思う。
なんだかこの子はとても素直なんだなぁ、と。
頬を染めて幸せそうに咀嚼する様子を見ていると、穢のない純粋な子供を見ているような気分になる。
勿論彼も大人で、それなりの経験どころか手練な部分があるのは、もちろん知っている。
だがその部分を図らずとも知った上で、榊原は思っていた。
大林君を見ていると甘やかしてあげたくなるな、と。
あまりに見つめすぎていたのか、箸を止めた大林は気まずそうに榊原を見つめ返していた。
「なんすか、食ってくださいよ。」
「うん?あぁ、なんかいいなぁって。」
「え、なにそれ怖い」
「ふふ、どうぞ僕は気にせず。沢山食べてね。」
えぇ、と真偽を読み取るように眉間にシワを寄せながらしばし榊原を見つめていたが、やがて無駄だと悟ったのか溜息一つ。
榊原はビール片手に大林の照れくさそうにしながらもしっかり食べる様子を可愛いなぁ、と満足げにしている。
大林は、お金を出してもらう手前見つめられるのは甘んじて受け入れようと諦観しながら、もくもくと箸を勧めた。
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