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第4話

「ところで脚をかばってたみたいだけど怪我でもしたのかい?」 「ンぐっ…」 「おやおや」 榊原の指摘はいとも簡単に大林を動揺させた。 あやうくモツを喉に詰まらせるところだった。手渡してくれた烏龍茶で慌てて飲下すと、涙目で見やる。 「なんすか、突然」 「なんとなく?なんでもなかったら理由をすぐ言うかなぁ、とね?」 「………」 何も無かったことを装って言い訳しようにも華麗に逃げ道を塞がれぐうの音も出ない。 大林は開き直るしかないかと諦めるも、爛れた生活をしているという弱みを既に握られているので、それならば今更隠し事も何もないか、と逡巡した後に口を開いた。 「まあ、オトモダチとあそんでました。」 「僕と合う前に?」 「日中だけ約束があったんで。」 夜はあんたのために開けました。などとは死んでも口にしないが。 「それで、下半身に負担が?」 「まあ、これは自業自得っつーか、もつくってください。」 「ああ、美味しく頂いてるからおかまいなく。」 「飯時にする話じゃないんで、もういいっしょ?」 榊原は言われるがままに鍋をつついてはいるが、その耳はしっかり大林の話を聞いている。 箸でいじめられたニラは草臥れたし、鷹の爪も帰づいたら箸に輪投げのごとくハマっていた。 「ふむ、飯時に言えないことをするオトモダチか。」 「ぅぐ…」 墓穴堀っぱなしである。 大林が仮定して話したのはセフレとのやり取りについて追求されたと勘違いしたからだ。 まさか普通のお友達とはしゃいで足を痛めたという方面で心配されてるとは思いもよらなかった。 榊原は誘導尋問が上手い。そっち系の職業だったらどうしようかと思ったが、それはそれで有り得そうだったので考えることをやめる。付け合せのウズラの煮卵がうまい。 このまま妙な空気のまま食べ進めるのは気まずい。 話題を逸らそうと何も思いつかないまま口を開こうとしたときだった。 「大林くんは、」 「え?」 「大林くんはストレス溜まってるのかな?」 「は…」 心底心配そうな顔で、的外れにも程があることを言われて思考が鈍った。 つまり?ストレス発散でセックスしてる?俺が?それなら特定の相手とするんじゃね? ひとまず誤解をとくか、と気分を変えるためにモツ鍋のスープを飲む。うまい、味がわかるからまだ大丈夫。 「ストレス発散ならセフレ一人に絞りますよ…」 「だよねぇ、僕もそう思うんだよ。」 うんうん、と心底困ったという顔で言われると、天然ボケなんじゃないだろうかと逆に大林は心配した。 「そもそも、対価もらってるし、セフレ一人に絞ると収入へるじゃん…」 「ええ!?売ってる方なの!?」 「しーー!!!!!」 「あっごめんね」 そうだそうだ、とキョロキョロ周りを確認してから納得したように座り直す榊原に、いよいよ大林は頭が痛くなりそうだった。 頭がいいのか悪いのかわからん、当初の印象から180度変わり、残念な大人認定をする。 榊原はコホンと一つ咳払いをすると、そっと口元に手を添えて囁くように進言した。 「そもそも、弱みを握られてる自覚があるのにそこまで話してくれていいのかい?」 「あ。」 そうじゃん。 大林も大概頭の出来が良くない方なので、まさしくその進言は目から鱗であった。 自ら首を絞めてるじゃん、ストラップにでもなるつもりか俺は…。 榊原の鞄に首吊よろしくストラップになっている自身のイメージがたやすくできてしまい、思わず苦虫を噛み潰したような顔になる。 大林の顔色が一瞬にして変わるのを見届けると、榊原はそうだ!とひとつ提案をすることにした。 「バイト感覚でするなら、僕にしないかい?」 「は!?」 閃いたとばかりに提案してくる内容に思わず声を上げる。こいつは何を言っているのか。 バイト感覚で榊原一本に絞る?もちろん絞るのも色んな意味があるが、一応ブランドの顧客のようなものなのに、名実ともに大林自身の顧客になろうとする意味が全くわからない。 怖すぎるが、なによりこいつは既婚者なはず。もしや転勤でここに?現地妻?この場合は現地夫になるのだろうか? どちらにしろ響きが不健全すぎる。自分のことは棚に上げて色々考えてしまったが、その波のような思考は潮引きのように自然に消えることとなる。 「うんうん、ほら、僕一人暮らしだしね?たまにきてご飯とか作ってくれるバイト!どうだろう?」 「あ、そっち…」 「ん?」 「あーいやいやこっちの話です、てかセキュリティ的にいいんすか?」 不埒なイメージをあわてて消すかのように手をぶんぶん振る。確かに飯炊きのみなら構わないし、盗む云々とかは全くするつもりもないが、簡単に家に上げていいのだろうか。 「ん?構わないよ!その場合君の弱みが追加するくらいかな?」 「あんた性格悪いだろ実は」 にこやかに言うことではない。 「ふふ、なんてね?僕もお店の子を家に出入りさせてるって弱みになるんじゃない?」 「あー、たしかに」 「バイト代も出すし、そもそも今更弱みが増えたところで一個もニ個も変わんないって。」 それあんたが言いますか!?とは口に出すのは辞めた。その変わりジト目で睨みつけてやったが、こんな事を言われては天然からゲスにグレードを上げておくしかない。 だが飯炊きでバイト代が出るのは魅力的である。 「ちなみにいくら?」 「休みは何回あるのかな?」 「月のうち、大体8~10日」 「なら半分来て日持ちするものをまとめて作ってくれるなら月5万の食費別途支給でどうかな?」 大林はふむ、と考えを巡らせる。 オトモダチと会うのは月3~4回。そのうち収入は1ラウンドにつき1.5万円。だが、その中で約束を守らないハズレ客がいるのも事実。 そうしたリスクを回避することを考えても体に負担がかからず5万はかなりでかい。 ぱちぱちと大林のなかでのそろばんが弾かれていく。目の前の榊原のキラリと光る高級腕時計が目に入った。カタカナ3文字、車が買える程の金額のやつである。

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