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第6話
榊原涼はご機嫌だった。
理由は明確で、お気に入りのあの子が休日の日にご飯を作りに来てくれる事になったからである。
お気に入りのあの子、というには薹が立ちすぎているが。抑、薹が立つという表現自体が男性に使うものではないが、榊原はあえて使いたかった。
それ程中性的な容貌は、間近でみると尚更目がそらせぬ位香り立つものがあった。
出会うと言うには少しばかり乱暴である。正しくは二回目に見かけたときの接触から、榊原は大林という青年の魅力に引き込まれたのだ。
あの時の邂逅は今も忘れない。
休日の、それも久しぶりの連休で気持ちよく二度寝を決めていたのに、目覚ましもかくやと言わんばかりに喧しく鳴り響いた社用スマホに本気で無視を決めこもうかとも思ったが、数秒逡巡してから通話ボタンをタップした。
結果、一泊で取引先のパーティーに向かってほしい。それも明日。頼む榊原、先方のご令嬢からのご指名だ。ご機嫌を損ねない為にもここは一つうんたらかんたら。
「はぁぁあぁ………、」
まじででなきゃよかったわ。
寝起きでボサつく髪をわしゃわしゃかき乱し、また一つ大きな溜息を吐く。
榊原は仕事ができた。それに顔もいい。持ち前の人懐っこさやジェントルマン気質もあり、受付嬢から掃除のおばさん、そして頭の硬い役員までもが榊原を気に入っていた。
もちろん努めている会社は高層ビルに入っている為、そのビルの警備員ですら仲が良い。コミュニケーション力をふんだんに使ったおかげで顔が広い。顔が広いと困ったときはこいつに頼めばなんとかなる。ということらしい。
なぜこんなことになってしまったのか。
たまたま納期が間に合わない案件で泣きついてきた同期をなだめつつ、同じビルの出版社の知り合いに印刷会社を紹介してもらい、その日のうちになんとか話をまとめたことが原因か。
それとも時代錯誤なパワハラを繰り返す上司に取り入り、娘の愚痴を聞いたり、ありもしないでっちあげの相談事で一緒に酒を飲んだりしていたら、たまたま従業員であった上司の娘に挨拶することになり、日頃いかに上司が素晴らしいか、憧れの先輩である。などとおべっかを使ったところ家庭での威厳を取り戻し、相乗効果でパワハラがなくなり気さくな良い上司に変化させたことか。
他にはあれか、駅前で体調を崩した女性を介抱し、巻き込まれるように救急車に同乗。このままでは先方の会社との約束の時間に間に合わない。これは流石に終わった…と思っていたが、後日その会社からご指名で呼び出しがあり戦々恐々と向かって見れば介抱した女性が出迎えてくれた。
これは一体なんだ?と思っていれば取引先の社長の若妻で、その後の対応などをひどく感謝された挙げ句好条件で取引を成立させるというミラクル。
おかげで営業成績も上司からの評価もぶち上がり、さらに社長や取引先のお偉い方々からの覚えもめでたく、持ち前のコミュニケーション力のおかげで働くビルの縁の下の力持ち達からも慕われる。
傍からはイージーモードな人生を送っているかのように見えるだろう。
だが、榊原は疲れ切っていた。
華々しい実績の裏に隠された怠惰な休日。周りの人からは過度な妄想で持ち上げられているのがきつい。
榊原さんは、赤ワインしか飲まないんだって、や寝るときはバスローブなど、
趣味は映画鑑賞でクラシックも楽しまれる。
そして自炊もできて得意なものはイタリアン。ジムでトレーニングもかかさないなどエトセトラエトセトラ…
本人が預かり知らぬところで噂が独り歩きし、聞いた本人は噴飯ものだったがそこは我慢した。もう一人の内なる榊原は心の壁をえぐるほどヘッドバンキングで悶絶していたが。
そうして周りのイメージで祭り上げられた榊原は、ヒーローのように扱われた。実際は体の良い雑用係だと思っている。が、人間やる気を出せば何でもできる。
その反動で、休みの日は周りのイメージからはかなりかけ離れている。ジムしかあってない。
赤ワインなんて酸っぱくて飲めないし、どうせ飲むならレモンサワーがいい。それにバスローブはうちにないし、なんなら上下スウェットだ。
趣味は大人な映画鑑賞だし、最近うすっぺらいコスプレものに凝っているといったらおわかりだろう。ネトラレダンチヅマ、シロウトモノニシチュエーションプレイ。カタカナにしても救いようがない。クラシックじゃなくアニメのサントラしか聞きません。得意なものはカップラーメンです。ひげも生えるし出すもんだすし、朝勃ちだってするんです。
「…でかけよ。」
散々ぱら時間をかけ自分を起動するがいかんせん休みモードだ。やる気なんて微塵も出ない。
普段出かける先が会社近くなら、誰に出会ってもいいように身だしなみは整えるが、今日はちがう。
連休だからと面倒くさがりが顔を出し、一気に手持ちのスーツをクリーニングに出してのが仇となった。
まさか自分で自分の首を絞めることになろうとは。
立ち上がり、鏡に映った自身を見る。髪も寝癖のまま、かけた黒縁眼鏡もブルーライトカットのおしゃれアイテムだったはずだが、見た目に影響されてくたびれ感を演出してくれる。
明らかに浮浪者のような容貌だが、この際こんなことはどうでもいい。今はとにかくスーツである。
誰も俺に興味なんかないだろう。と、榊原はそんなことを思いつつ、半ば投げやりな気持ちでそのまま百貨店に向かうことにした。
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