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第10話
「て、と、いうかですね、偶然がすぎやしませんか…」
「うん?あぁ、先日はスムーズに対応してくれてありがとう。おかげでいいものが買えました。」
「アッハイ、それはよかったデス」
なんなんだこの感じは!!とあまりの情報の多さに頭の思考が停止しそうになる。目の前の謎の男、もとい榊原はグレーのスーツにボルドーのチーフまでさしてあまりにも上等な男のオーラを放っている。
あのもさい男の余韻はなく、身長もあのときは猫背だったのか小さく見えたが、今はうらやましいくらいであった。
ハイブランドが載る雑誌のメンズモデルですと言われても信じるかもしれない。
大林は改めて伺うような目で見やる。
人生何が起こるかわからない。しっかりとプライベートはバレないように、わざわざスマホを分けたり遠出したりと工夫しても、こういうパターンがあると途端に駄目だ。
金を請求されるのだろうか?それとも別のもの?
榊原はおそらくノンケだろう。体の関係を強要されることはまずない、むしろそっちのが大林的には楽なのだが。
だとしたら金?それはまずい。まだ奨学金だってのこっているのだ。無駄な浪費なんてしたくない。
思わず目線が縋るようなものに変わってしまう。
とにかく今後については相談させてほしかった。
「…ふ、」
思わず溢れたと言うふうに笑われた。
軽蔑をされているような笑みではなく、本当に仕方がないといった風だ。
ますますわけがわからなくて、ちょっとだけ泣きたくなった。
そんな様子が顔に出ていたのか、榊原はふむ、と自己完結したかのように頷くと、気軽にポンと肩を叩く。
「ところで、ちょっと付き合ってほしいんだけどいいかな?」
「は、おれですか!?」
「うん、仲裁に入った借りを返すためだと思って、ね?」
「アッハイ」
ニッコリと微笑む榊原は有無を言わせる気など全く無いようで、なんだか面倒な感じになってしまった。
自身の運のなさに辟易する。
大林は立ちあがるために差し出された手を掴んだまま離されずにいる事に疑問を抱きつつも、アッこれ手錠変わりか。と謎の自己解釈をし、さらにげっそりとした。
歩みをすすめる二人の背を追うように、妙齢の女性方が先程とはまた違った輝きを瞳に乗せて見送られていることとは知らずに。
まさか自分から巻き込まれに行くだなんて思いもよらなかった。それくらい榊原はもめごとに関しては巻き添えを食らう側だったのだ。
周りが有無を言わせず問題に向かって榊原をぶん投げる。自身は消火剤か、と常々思っていたくらいである。
だが今回ばかりはちがう。顔見知りだったというとあまりにも一方的すぎるが、気が付いたら動いていた。
結果的にうまいこと嘘が通じ、相手も納得して帰ってくれたからよかったものの、普段なら絶対にやらない向こう見ずな行動だった。
だが何よりも、仲裁に入った際の彼の驚いた顔とその後の反応があまりにもよかった。久しぶりに声を上げて笑った気がする。
「なかなかにスリリングな日常を過ごしてるんだね?」
「た、たまたまですね」
「ふうん?」
あの後、何故か泣きそうな顔で見つめてくる目の前の彼をなだめすかし、駅前の喫茶店に連れ込んだ。
邂逅二回目で泣かれて悪い印象を根付かれるよりいい。それに公衆の面前で泣くことは彼のプライドが許さないだろうとも思ったからだ。
壁際の席で、観葉植物が死角になり周りの視線を気にしなくて済むのでなかなかにいい席である。
まぁ、完全に目の前の彼、大林には警戒されてしまっているのだが…。
だが榊原よりも年は明らかに下であろう。中性的な容貌からわずかに香る気だるさは、ノンケである榊原でさえ危うく感じるのだ。そういった嗜好の男にとっては、誘われれば据え膳になるのかもしれないな、と思った。
「あぁ、おなかすいただろう?何か頼むといい。」
「あの、さっきのことですけど…」
「さっき?あぁ、痴話喧嘩だったらあやまるよ。」
メニューを手渡しすると、不服そうな顔をしながらも、どうも…と受け取る。見た目に反して以外に素直な様子に思わずどういたしまして、とほほ笑んだ。
「…会社には言わないって、条件付きですよね?」
「うん?まぁ、君に興味が湧いたからかな?僕は…カレーにでもしようかな。」
「じゃあ俺も…、ていうかスーツ汚さないようにしてくださいよ?」
「あぁ、確かに…ジャケットは脱いでおくよ。」
なぜだかしょっぱい顔をする大林の様子に、本当に感情が顔に出やすいなこの子…と面白くなる。
プライドは高そうだが、素直な部分もある。気まぐれな猫のような彼が、なぜ売りのようなことをしているのかがわからなかった。
「プライベートなことを聞くけど、」
「なんで男相手に、ってとこですか。」
「興味本位ではあるけどね。」
さっきから食えない笑みと穏やかな口調で語りかけてくる目の前の男は、大林の知り合いの中にはまったくいないタイプで戸惑う。
かけらの悪意でも見つかれば、これ幸いと苛立たせてうやむやにできる自信があるのに、目の前の男はただただ穏やかでまっすぐだ。
自分のように男に抱かれるような倒錯的な趣味を持つようには見えない。自分ばかり弱みを差し出しているような状況に、だんだんむかっ腹が立ってきた。
なにか嫌みの一つでも言ってやるかと口を開こうとしたときだった。
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