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第11話

うぐるうるるるる…と、獣の唸り声のような音が目の男から生み出されたのだ。 「……あ、ごめんね?」 「…いや。」 なんだかおなかがすいちゃって、と気恥ずかしそうに腹をさする榊原に毒気をぬかれ、こんなわけのわからない男に警戒する自身が馬鹿らしくなる。 肩の力を抜いたタイミングで運ばれてきたカレーライスに気づき、嬉しそうに背筋を伸ばす様子がなんだか犬みたいで面白かった。 「ふ、マテしてた犬みたいですね。」 「待ってたからね?ほら、いただきますの時間だよ。」 この男、いちいち言い回しが面白い。大林は仕方なく空気を読んで手を合わせて目の前の料理に感謝した。 きっとこの男は育ちがいいのだろう。いただきますをするなんて、小学生以来だ。 今まではやることをやれば現地解散のみで、こんな風に向かい合ってあって食事をするなんてなかったな、などと新鮮に思う。 「久しぶりに食べるカレーはいいね。」 「久しぶりって、彼女に作ってもらわないんですか?」 「あいにく独り身でね、自分でも料理なんてしないしキッチンもきれいなものさ。」 「何なら作れるんですか?」 「お湯沸かしてラーメンとかかな?」 はぐはぐとおいしそうにカレーを食べる様子に、本当に久しぶりなんだなと思ったが、何より語られた食生活にあっけにとられる。曰く、社食がない会社に勤めていなければ今頃栄養が偏って病院生活だったかもね?などと笑えない冗談を言うものだから、人は見た目によらないなと感じる。 「彼女とか作らないんですか?」 「いたときもあるんだけどね?思ってたのと違うって言われて振られちゃうんだ。僕に恋愛は向いていないよ。」 ははは、と飄々と語る様子から困っていないことは受け取れるが、そんな理不尽な理由で振られて怒らないところもすごいなと思ってしまう。自分には絶対無理だ。 カレーをただ食べているだけなのに、雑誌の一頁として載っていても違和感のないくらい良い男だ。 不意に、そんないい男が自分の接客したスーツを着ているのだと自覚して何とも言えない気持ちになる。 大林は、自分がお客様として対応した過去のある榊原をそういう対象で見てしまったことを恥じた。 「俺、これ食ったら帰ります。」 「え、なんで?」 「なんでって…もともと飯食うだけの約束だったし。」 「あぁ、そうか…何か理由があればいいのかな…」 榊原の言い回しに引っかかるものを感じたが、この男が今までの相手のように体を主に目的とするやり取りを望んでいるわけがない、ならば別の事情だろうか。 なんとなく相手のペースに載せられているような気がしないでもないが、一先ず聞く体制をとると、何が面白かったのなら榊原はくすくすと笑い出した。 「え、なんすか急に…」 「いや、なんか素直でかわいくて」 「はっ!?」 「ほら、僕が無理やり連れてきてしまったんだから、君も律儀に聞かずに店を出てもいいくらいなのに、聞いてくれるんだーって。」 「な…」 確かにそうである。 弱みを握られていれど、借りを返すために喫茶店まで付いてきたのだ。これ以上目の前の男に振り回される謂れはないはずだった。 なんだか急に恥ずかしくなって、誤魔化すようにカレーを食べた。 「あれ、怒らせた?」 「いや別に。やっぱ俺これ食ったら帰る。」 ふむ、その割には先程より口調が砕けたな、と思う。 榊原の職業柄、他人の感情の機微を察するのは会話の舵取りに必要なことである。 怒ってるじゃん、と指摘して面倒くさい奴認定されるのは避けたほうがいいだろう。 「わかった、じゃあご飯食べたら解散ね?」 「お、おう」 榊原が素直に返してくれるとは思わなかったようで、素直に応じると驚かれた。その反応からして、このまま惰性でも一緒にいる時間を甘んじて受け入れる心づもりもあったのか、その優しさがこの子の本当の弱みだなと思った。 何よりも榊原が大林を気に入ったのは、その甘さからか、榊原の食事が終るまで律儀に待っていた姿である。 先程自分のことをマテをしていた犬のよう、と言っていたのにもかかわらずだ。 わざとゆっくり食べてはいたが、大林が宣言した通り、自身の食事が終わって帰ってもなにも文句は言われないと言うのに。 「ご馳走さまでした。」 「うん、つきあってくれてありがとね。」 「別に…じゃあまた…」 「え?」 「なに?」 またがあるの?と思わず口にしかけた。大林は胡乱げな様子でしばらく見つめたあと、徐々に自身が何を口にしたのか理解する。 その一連の表情の変化が面白すぎて、榊原はまたしても声に出して笑った。 「あっはははは!!」 「ばっ!だ、だってまたくるでしょ!店!」 「来てほしいなら行く。んふふ、」 「…っ!あ、あん!さ、さかきばらさま性格わるいな!!」 「やっぱかわいいね」 ひー…、と一頻り笑ったが、なんだかんだあんたと呼べなかった大林がおもしろくて、かわいくて、つい本音が出てしまう。 「っかえる!!!!」 「じゃあ、今度一緒にご飯でも食べに行こう。」 ひとしきり笑ったかと思えば、にこりと擬音が付きそうなくらい人好きする笑顔で言う。 こうして差し向かいで飯食ってるのはカウントされないんですかね?と思ったがされないのだろう。 「べつに…それくらいなら…」 「よかった!君とは仲良くなりたいと思ってたんだよ」 「じゃあ、とりあえずタイミングがあえばで…」 と言って逃げるつもりだったのだが、流石に相手のが一枚上手だったようで、メモ代わりに自身の名刺を差し出された。 「約束、言質とったから必ずここに連絡してくるようにね。」 にっこり。 大林の浅はかな考えなどとうに理解しているとばかりに笑顔をむけてくる。怖い。 自分の迂闊な一言で、またしても逃げ場を塞いでしまったのである。

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