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第14話
「そんな動揺しなくても、同じ性別ですよ?」
「わかってるよ…」
同じ性別で、同じものも付いてますけど抱かれてますがね。という物言いこそしなかったが、榊原の手を掴むとそのまま胸元に触れさせる。大きな手は、ぴくんと可愛らしく指先を跳ねさせ、反応を示した。
「ここも。やらけーおっぱいもねーし?」
「わ、…っ」
「首は、いいな、俺も太くなりたい。」
振り払える程度の力で榊原の手を捉えたまま、自身の首筋に触れさせる。大きな手は、流れに身を任せていたはずなのに、輪郭を確かめるかのような動きで大林の項にするりと手を回した。
「っ、…」
「ここ、好きなのかな?」
ぞわ、と弱い部分である項に触れられると、思わず息を詰める。先程まで主導権はこちらにあったはず、恐る恐る榊原を見つめると、困ったような、それでいて少し意地の悪い顔をして見つめてきた。
「知りたい?」
からかい半分で項に回る手を取り、すり、と頬を寄せる。
せっかくかけてくれたバスタオルをばさりと床に落とし、ぐいと榊原のネクタイを掴み引き寄せた。
お互いの呼気が触れ合うような距離だ。このまま少しでも踵を浮かせれば唇同士が触れ合うだろう。
「ね、」
「この、」
ふる、とふせられた瞼はどんな意味があるのか。榊原は大きな手で細い腰を引き寄せたかとおもうと、その薄い唇を厚みのある舌でぺろりと舐めた。
「ン、」
「今日は、ここまで。」
「…んん?」
眉間にシワを寄せたまま、キュッと口を結んでこらえるかの様な表情に疑問符が浮かぶ。
自制する割には、がしりと掴んだ腰の手を離そうとしない。
「なんで?この状況で?」
「だって、」
「だって?」
なんだと言うのだ、ここまで反応しておいてシないというのは相手に失礼だろ、と大林はすこしだけむっとする。
だが、その苛立ちも榊原の爆音の腹の音で霧散することとなった。
「……………ごはん、食べたいかな。」
「………………な、なんかごめんな。」
「いいよ……」
ぼぼ、と音が付きそうなくらい耳まで顔を赤くするいい大人がなんだか少しだけ可愛くて、思わずぶふ、と吹き出す。
曰く、ご飯が楽しみで昼もそこそこにしてきたらしい。こんな図体のでかい男が、おんなじ男が作る飯を楽しみに昼を絞るとは、情けなくて可愛い。
「君が甘やかしてくれるから、なんだか駄目になりそうだ。」
頬を染めながらバツが悪そうに落ちたバスタオルを差し出される。
大林はなんだか勝ち誇ったような笑みを浮かべながら、少しだけごきげんにそれを受け取った。
「甘えてんの?なんか、いいねそれ」
んふ、と緩んだ口元を隠すように笑う。なんだかわかんないけど、このやりとりは嫌いじゃない。
ドライな性格だったはずなのに、榊原と話すとじわじわと侵食するかの様に、この男の存在が染み込む。
その感覚が、なんだか心地よい。
「お風呂どーする?」
「せっかく沸かしてくれたし、入るよ。」
「おけ、なら飯準備してリビングでまってる。」
「あ、その前に着替えとるから服貸すよ、そのままじゃ風を引いてしまうし。」
ぐい、と手首をつかまれ静止させられる。それもそうか、こんな中途半端な格好でキッチンに立つものではない。
「そういや換気したままだった!」
「寝室の?汚かったでしょ」
途中廊下で放置されていた米をリビングに移動させれば、勝手知ったる様子で寝室の中に入り、窓を締める。
大林の姿をぽかんとしたまま見送ったあと、なにが面白かったのか、榊原はくすくす笑いながらクローゼットを開けた。
「君はオカン気質なんだね」
「勝手に寝室入ったのは悪いけど、ちっとは整えてから出かけろよな」
「はいはい、次からはそうする。ほら」
「わ、」
初日なのになんだか馬が合うのか、やりとりのテンポがいいな、なんて思う。それを言うと目の前の男は調子に乗りそうだから言わないが。
受け取ったボクサーを広げてみると、サイズが少し大きそうだったが無いよりはマシかとバスタオルの裾を持ち上げ脱ごうとしたときだった。
「ちょ、ちょっとまって僕がいなくなってからにして!」
「あ?なんで?」
「わ、わー!」
そのまま言葉を無視し、濡れて気持ち悪く張り付いていたボクサーを脱ぐと、何故かくるりと後ろを向かれる。
まるで童貞のような反応に加虐心が擽られるも、腹をすかせてムードを壊した張本人をからかうのは次の機会に持ち越しである。
大林は仕方なくサイズが大きいボクサーを履くと、ショートパンツのように腰の低い位置でとまる形となった。
裾が遊んでいる。しゃがんだらまた面倒くさそうな反応をされるに違いない。
「パンツはいたからもういいよ」
「じゃ、これも」
後ろに向いたまま器用にスウェットも渡される。同じ結果になるのは目に見えて入るが、紐もついているので及第点か。
「履いた。」
「なら僕はお風呂行ってくるから、大林君は好きにしてて!」
なぜこちらを振り向かないのか全く理解できないが、そのまま手早く着替えを取ると、ぱたぱたと浴室の方へ消えていった。
榊原自身、なんで自分が過剰反応してしまったのか、こんな姿は情けなくて見られたくなかったというのが本音だった。
同性の生着替えシーンなど嫌というほど学生時代見てきたが、大林は駄目だ。
只でさえ惹かれてしまった相手に、洗濯したとはいえ自分の下着を履かせるという背徳感。
そして場所は寝室だ。大人の娯楽もここで見ている。シチュエーション的に言えば据え膳である。
だが、榊原は手を出せなかった。
雇用主としての線引きが、その先を留めさせたのである。
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