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第16話
榊原の元へ通い妻もどきのようなことをし始めて、早くも一月がたとうとしていた。
驚くことに、大林もオトモダチと会う約束すら取り付けず、気ままに料理本をみたり作ったりとレパートリーを増やしつつ、なんとも健全な日々を過ごしていた。
勿論、増えたレパートリーは例にももれずうまいうまいといいながら榊原の胃袋に吸収されていくので、やり甲斐も榊原が栄養点滴をしなくなるという部分で如実に結果を出していた。
「僕が点滴するせいで、夏場に腕出せなかったんだよねぇ」
「なんで?」
「いや打ってんのかって。リアルに」
なははと照れくさそうに笑う様子に、最初に勘違いした人はどれだけ恐怖した事だろうと思う。
見た目が上等な男なので、その筋にいると言われても疑いもなさそうだ。
「だから取引先でちょっと噂が立ったときにさ、慌てて病院のカードと領収書みせたよね。いやぁ恥ずかしかったのなんのって…」
「まじで能天気だなあんた…」
掴みどころがないのは今更だが、ニコニコと楽しそうに話す様子に、ストレスとかあるのだろうかと思ってしまう。
「でも、」
「ん。」
するりと背中に腕をまわされ抱き寄せられる。
榊原の寝室で、腕枕をされた状態で二人は今日も寝る前の一時の会話を楽しんでいたのだ。
「今は大林君のおかげでそんなこともないしね。」
「俺は対価を貰ってんからな。」
「んふふ、ほんとにいいバイト君だー。」
ぎゅ、と抱きこまれれば、息苦しさに顔をずらして胸板に頬を寄せる体制を取る。
ワシャワシャと髪をかき乱すかのように頭を撫でられながら、バイト内容に共寝が追加された初日から、ずっとこんな感じである。
オトモダチと肉体言語を交わすときも、こんなふうに寝たことはなく、終わったら即解散をしてきた大林は毎回気恥ずかしくてたまらない。
すり、と素足通しを絡ませてパジャマ越しの互いの体温を確かめ合う。
バイトの日は毎回こんな感じなのに、あの初日以降キスまがいのことすら一切ない。プラトニックな共寝である。
「こうしてるとね、おちつく」
ウトウトしてきているのか、榊原は眠たげな様子で語る。あくびを噛み殺す様に深く深呼吸をすれば、大林のほのかに甘い爽やかな香りが肺に満たされる。
腕の中の体温はひくんと身じろぎをすると、腰のあたりの布生地をぎゅ、と握られる。
きっと今、腕の中の大林は照れくさそうにしながら眉間にシワを寄せているに違いない。
「…、ねたのか?」
大林を腕に抱き込んだまま瞼を閉じていれば、伺うような様子でもぞりと動く。
首筋を擽る髪がくすぐったい。顎の下、収まりが良かったのか喉仏の辺りに鼻筋を埋めて大人しくなる。
榊原はたぬき寝入りのまま、大林が見せる小さな甘えを今か今かと待った。
「…ふ」
ふる、と体を震わせたかと思えば、熱い吐息が胸元を撫でた。
この一ヶ月、大林は誰とも寝ていない。大人の意味で、発散できずに燻ぶらせた熱は少しずつ蓄積されていく。
榊原はわかっていて触らずにいるのだ。
大林がなにか勘違いをしているのは理解している。それがどういう意味なのかも含めて。
大林は榊原の反応を見て初心だと思っているだろうが、実際はそうでは無いのだ。
確かに誘われた時は動揺した。だが、それも、その一瞬だけだ。
唇を舐めるにとどまったのも、ここで抱いてしまうより、慣れた体をリセットさせてからのほうが良いと思ったからだ。
なので、慣れてないを装った。
榊原は知っている。何事も熟成させた頃合いが一番美味しいことを。
「んぅ…っ」
寝たふりを続けたまま、頭を撫でるかのようにスリ、と耳裏を撫でる。大林の両腕は、抱きこまれたせいで熱を慰めてやる事もできなかった。
きっと動いたらバレてしまうとでも思っているのだろう。股の間に差し込んだ足に熱源を感じる。さり気なく腰を浮かせて当たらないようにしている様子が健気で可愛い。
「ン…っ」
ぺしょ、と胸元に熱いものが這わされる。
来た。
榊原が寝たふりを続ける理由でもあり、求められていると肌で感じる至福の瞬間。
持て余した熱で前後不覚になった大林からのマーキングのようなそれが、酷く愛おしい。
腰は微かに揺れ、ぐすぐすと泣きそうな音を出しながらぺしょぺしょと胸元を舐める。
触ればきっとバレてしまうと思っているせいで、両手はきつく榊原の胸元の生地を握りしめ、僅かに覗く隙間から素肌に鼻を擦り寄せ子猫のように舐めてくる。
榊原は、この瞬間が好きだった。
かぷかぷと胸元に歯を立てながら、謝るように舐める。先程から膝に当たる熱源は酷く張り詰めている様子が触らなくてもわかった。
「ぅ、うー」
ぐすぐす、かぷかぷと胸元で必死に甘えてくるのを宥めるようにぎゅうと抱く。そうすると慌ててやめるのだが、また暫くすると繰り返す。
そうした時間を何度かやり過ごすと、気付けば大林は眠ってしまうのだ。
「本当、可愛い。」
小さく呟かれた声は掠れており、いつもののほほんとした声色は鳴りを潜めていた。
すよすよと眠る大林の目元は僅かに赤くなり、仕舞い忘れた舌はちろりと柔らかそうな唇から顔を出しいる。
榊原はするりと手を大林の股座に挿し込み、慎ましい茂みを通り大きな手で柔く包み込んでやれば、触れるような口付けをした。
「梓、」
ぬるりとした先走りを手で包み込むように拭いとってやれば、左手薬指のシルバーリングに絡むように榊原の手を濡らした。
この左手の指輪に意味はない、といったら怒るだろうか。
ベロリと手についた先走りを舐めとると、大林の腰を引き寄せてお互いの腰を押し付け合うかのようにしてまぶたを閉じた。
「おやすみ、」
二人の秘密の夜は、こうして今日も深けていく。
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