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第18話

やってしまったと思った。 夢の中で、行っていたとばかり。と言い訳をするにも余りにも苦く、あの後大林は「俺で残念でしたね、」と顔を見せないままポツリと零したかと思うと、弁解の間もなく出ていってしまった。 リビングから鍵を掴む金属の擦れ合うような音と、バタバタとした足音をたてた後にドアが閉まる音が聞こえたので、出ていってしまったのだろう。 榊原は自身のしでかしてしまったこととはいえ、大林が敬語に戻ってしまったことに気が付き、そのままずるずると膝に顔を埋めた。 また、距離を置かれてしまう。 仕事として共寝までしてくれるまでになったのにだ。 腕の中に抱き込んだ身体がじわじわと熱を上げる度、少しずつ好意を持ってくれてるのではと喜んでいたはずなのに。 「最悪だ…」 昨日の夜の秘め事を自らバラすかのような愚行だ。 夢の中の彼を、何度蹂躙をしても表情に出さないようにしていたのに、夢が実態になった途端止まらなかった。 夢から覚醒したときにみた、赤く立ち上がった瑞々しい突起や自らの唾液で濡れた首筋、上気した肌。 思い出しただけで、じくりと自身が張り詰める。 眉間にシワをよせながら、脈打つように痛むそこにゆるりと手を這わせた。 「はは、…すげぇ勃ってる」 あの時の大林が、可哀想で可愛くて、やっぱりほしいと思ってしまう。 あの子を抱きしめて甘やかしてどろどろにして、依存させたい。 仄暗い執着染みた独占欲を見せられたら、逃げるだろうか。 次会うとき、その時自分はどうするんだろう。 両手で顔を覆った指の隙間から見えた榊原の瞳は、抜け落ちたかのように黒く染まっていた。 榊原の家から振り切るように逃げてから、約二週間。 あれから何度か連絡は来たが、会っていない。 バイトとして給与分は働こうと、榊原が不在のときに料理を作ったりしていたのだが、長期の出張に行くことが決まったので、しばらくはバイトは休んでほしいという旨の連絡が来たからだ。 正直、ホッとした。 自身の浅ましい姿を見られた手前、どの面下げて合えばいいかわからなかったからだ。 家庭のある男に恋慕するなど不毛もいいところだ。これをきっかけに徐々にフェードアウトしていけるように、榊原の出張が終わり次第こっそりと彼の自宅のポストに鍵を返そうと心に決めた。 「…………あ」 ついぽろりとでてしまった母音は、そのままシーツに飲み込まれた。 「あんたの兄貴にも抱かれたのか?」 「ぅ、ぐっ…」 榊原との行為を早く忘れなければ、自分が駄目になってしまう。 その煮詰まった思考のまま、適当にオトモダチリストから引き抜いた相手へ端的な連絡を投げた。 あの時の自身を叱りつけたくて仕方がない。 「無視?なら事実なわけ?兄弟で近親相姦とか不毛中の不毛すぎて笑えるわ。」 「ぁ、っくそ…痕つけンぁ…っ」 「文句いうか喘ぐかどっちかにしろっつの!」 ぐ、と。無遠慮に腰を推し進められ、息が詰まる。 快感なんて毛ほどもなく、痛みを伴う行為は苦痛でしかない。 シーツに噛み付いて無様に叫ばぬように己を戒めるだけである。 大林に跨り、自分本位にがつがつと責めためててくる男は、以前乱暴に抱かれた為に連絡を止めていた相手だ。 駅前で殴りかかられたときについた咄嗟の嘘で、未だに榊原を兄だと勘違いしている。 適当とはいえ、よりにもよってこいつと寝る羽目になるとはと、自嘲するように笑った。 「あ?何ニヤニヤしてんだ。」 「あんたより、にーちゃんのが上手くてな…っ」 「へえ?その割にすっげえ締りいいぜ?嘘が下手だな。」 「あ、んたは…っ、セックスが下手…だな!」 内蔵をこねくり回されているようで、不快感に汗がにじむ。締りがいいのは抱かれていなかったからだと言えば調子づくことは目に見えている。 「まじで生意気野郎だな。」 がくがくと揺さぶられる中、吐き気をこらえるのに必死で相手の声色が変わったことに気付くのが遅れた。 「ぁ”…っ」 強く髪を鷲掴みしたかと思えば、力まかせに頬を殴られる。 目の前が白く弾けた後、じわじわと奥から響くような痛みと衝撃に、下肢が思わず痙攣した。 「ぉあ…、はは。殴られてよがってんのかてめぇ…」 「は、は…っ…は…」 目の前がチカチカと点滅する。押さえつけられての殴打は逃げ場がない分衝撃が大きい。口の中を切ったのか、唾液混じりの血をシーツに染み込ませればひどく興奮したのかそのまま性器を引き抜きざまに顔面に白濁を散らされる。 「しね…っ」 「きたねー口だな。あー、体もか?ははっ」 「っしね!!!」 汚い、だなんて自身が一番わかっている。 男から言われた言葉にかっとなり、腹筋を使い体を浮かせて殴りかかろうとするも、容易く首を押さえつけられるように妨害される。 「は、…ぐ、」 「俺にしておけ、な?」 「か…は…っ」 大林の目の縁からポロポロと涙が溢れた。情けなくて情けなくて仕方がない。榊原が好きだと自覚しても、金のためとはいえ何人とも体を重ねた。 自分は綺麗な人間ではないのだ。 榊原のあの、優しい声と大きな手。包み込むような体温はまるで泡沫のように大林の記憶の中を漂う。 もう一度、お願いしたら抱きしめてくれるのだろうか。 だがそれも叶わないだろう。 あの日の朝、榊原から受けた行為を忘れたくて、好きでもない相手と今まで通り体を重ねた。 自分はそういう行為になれているから、なんとも思わない筈だった。 だが、あのときの感覚を上から塗り潰されるかのような行為は酷く辛くて、早々に後悔をしてしまった。 痛い、苦しい、辛い。 俺は馬鹿だ。本当に…会いたい。 「っ、い…たい…」 「あ?」 「あ、いたぃ…っ…」 どうでもいい相手の目の前でしか本音を言えないなんて。 やっぱり俺は馬鹿でどうしようもねえな。 ひび割れた唇で紡いだ言葉は、ただひりつくばかりで痛いだけだった。

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