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第19話
その日、旭は朝から休みだった為、柴崎から頼まれた郵便物を近くのポストに投函しに行き、帰りに晩ごはんの材料でも買いに行くかと気ままに散歩がてら慣れた道を歩いていた。
その時、ふと尻ポケットに無造作に突っ込んでいたスマホが着信を知らせる。
「あ、」
珍しい。とおもった。
ディスプレイには、大林梓と仲の良い友人の名前で表示がされていた。通話のカーソルをスライドさせ、耳に当てるといつものトーンで声をかけた。
「どしたん?」
外にいるのかガヤガヤと雑踏の音が酷く、聞き取り辛い。
「んん?ごめん、ちょっと聞こえづらいっつーか。え?………うん、うん…。」
ひとまず静かなところに移動したのか、徐々に聞こえてきた。
端的に、今晩泊めてくれないか。という内容であった。普段なら、柴崎と同棲しているので家主の許可を取るまで待ってもらうのだが、ディスプレイ越しの大林のいつもとは違う様子に戸惑いながらも了承することにした。
「うん、いいよ。いまどこ?場所はわかんないよね。地図送るから来れる?」
通話画面からSNSに切り替え、地図を添付する。
間髪を入れず既読が付いたことを確認し、行く予定であったスーパーを駅前の店の方に変更した。
地図は送ったが、ついた頃にスーパー来てもらえればいいか。と思い直したのである。
なんだか、泣いてたみたいな声だったな。
酷くかすれた聞き取り辛い声は、泣いていたからだろうか?と考えて、あいつが?と改めて思い直す。
そして旭は気づいた。
大林に柴崎と共に住んでいることを告げたことがない事に。
「あ、あ…まー…いっか?」
隠しててもいずれバレるだろうし、大林も柴崎とは仲が良いためうまいこと収まるだろう。そう考える旭は柴崎にまさるとも劣らずにマイペースなのだが、不思議と面倒ごとにならずに毎回うまく行く。
冷蔵庫の中身と買う内容を思い浮かべながら駅前のスーパーに入り、晩御飯の材料を吟味しかごに入れる。
旭はこの時間が結構好きだった。
行くまでが面倒くさいけど、ついたら結構乗り気で買っちゃうんだよな。なんて考えていたら、到着を告げる大林からの着信に気づく。
「はーい、駅前のスーパーわかる?そう、そこの出口でまってて。」
とりあえず、と仕事中の柴崎にSNSで大林が泊まる旨を伝える。
既読したら電話の一本でもかけてくるだろうとスマホをしまい、会計を済ませて大林を迎えに行く。
壁際に立った黒の細身のシルエットに気づいたが、なにやら普段と違う様子にあれ?と思った。
「おまたせ、どした?」
「………おつかれ」
「まじで、っ…て。顔みせて。」
「いっ、」
深くキャップを被りマフラーで顔を埋めていた為にわかりづらかったが、大林の整った顔には殴られたような痣が口端についており、顔色の悪さも相まって今にも倒れてしまいそうな雰囲気だった。
「…タクシーでうちいこ。顔色悪いよ…」
「タク代もったいねーじゃん…」
「大丈夫誠也さんに出させるから。」
ぐっ、と大林の肩を抱き、支えるようにして駅前のタクシーロータリーまで向かう。
大林の足取りはそこまで重くはないが、半ば引きずるようにして誘導する姿は男らしい。
片手にネギがはみだしたエコバッグがなければ頼りがいのある姿にときめいてしまうようなシチュエーションだ。
真剣な旭の横顔をちらりとみやる。
タクシーを呼び止め二人して乗込めば、誠也さんという誰かがわからないまま聞く雰囲気では無くなり、大林は口をつぐんでおとなしく乗る。
タクシーで旭の家につくまで、ぎゅっと握りしめられた手が暖かく、なんだが涙が出そうになった。
数分後、停車したのは薄桃色のメルヘンな外観のアパートだった。
なんだかラブホのようだとは思ったが、このふわふわした色が何となく旭に似合う気がして少し面白くてくすりと笑ってしまった。
「ラブホみたいだよね」
「でもお前に似合ってるよ?」
「えー?なんかちょっとやだな…」
そんなこと言いつつも、まんざらでもない様子だ。
カチリと音をたて、キーケースから出した鍵で扉を開ける。
三和土に旭とは大きさの違うスニーカーが並べてあり、シェアハウスしている様子に少し戸惑った。
「なぁ、俺上がり込むこと許されてんの?」
「まぁ、大林ならいいでしょ。ほらこっち、先お風呂入る?」
俺ならいいとは、と聞き返そうとして矢継ぎ早に風呂を勧められれば頷くしかない。
体の不快感を落とすのが先決である。まったく面倒臭いというような様子など1ミリも見せずに促されるままリビングに入った。
「ちょっと沸かしてくるからこれ飲んで待ってて!」
机の上にミネラルウォーターを置かれ、ありがたく受け取る。若葉のような色の絨毯の上にあぐらをかけば、近くにあったクッションを膝に乗せて肘おき代わりにした。
あたたかみのあるアイボリーの壁紙に、シックなグレーのカーテン。窓際に置かれてる観葉植物や、棚の上に置かれた欠けた一輪挿しにも素朴な名の知らぬ花が生けられていた。
「それ、元バカラのグラス。」
「は!?そんなんに花生けてんの?やば…」
「欠けたの捨てるのもったいなくてつい…、ちなみにその花は散歩中に誠也さんが積んできた花!」
「誠也さんだれだ…同居人?」
散歩中に花を積むとは風情のある人なのか。と落ち着いた年上の男性をイメージしつつ旭をみやれば、じわじわと顔を染め上げて目を逸らされた。
「え、なにその反応…俺の知り合い?」
誠也さんなんて名前の人は知らない。だが俺ならいい、と言われるということはやはり知り合いの線が強そうだ。
記憶を巡らせようとしたタイミングで、大林の予想を越えた回答が投げ出された。
「柴崎さんの下の名前だよ…」
「へっ」
青天の霹靂とはこのことかと、身を持って知ることとなった。
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