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第24話
トリュフは一見簡単そうに見えるのだが、生クリームの入れる量や、ブランデー、そして手で丸めるときの力加減などなかなかに繊細な作業が必要だ。
特に、方やスイーツ作り初体験なのがいると余計に。
「効率重視で行くぜ。」
「まてまてまてなんで棍棒もってんだおまえ!」
ブラックチョコレート百グラムを細かく刻む役を任せたはずだが、なぜかビニール袋にチョコレートを突っ込んで棒を振り上げる旭に慌てて大林が止めに入る。
「湯煎で溶かすんだから固まりがでけーと駄目でしょうが!」
「細かく砕けばよくね?」
「音がでかい!近所迷惑になるわぼけ!」
なるほど然りと納得すると、ならばこれでどうだと棚からミキサーを取り出す。
ミキサーで砕くのならまだいいが、なんでそこにしまってると知っているのだ。
大林は知らぬ間に家探しされたような気がして少しだけ戦慄した。
「と、とにかく砕いたらこのボウルの中に入れてくれ。湯煎するから。」
「お湯は?」
「重ねたボウルの一段目にいれんの。直接湯にチョコレート突っ込んだらゼラチンでしか固まんねーよ。」
「ありじゃね?」
「なしですね!!!」
家庭科の調理実習でももうちょっとスムーズな気がする…と一つ重いため息をはくも、そもそも賛同したのは己なので、無事美味しいトリュフができることを祈るばかりだ。
「そう、それで生クリームを50cc、ってそれ牛乳な!お約束やめろ!」
「ほしがりさんですんませんね」
どうやらボケをかましてみたらしいが、旭がやると洒落にならないので、大林はヘラで混ぜる役を押し付けると、生クリームを鍋で沸騰直前まで温めるとチョコレートの中に丁寧に注いでいく。
「ほんでこれ混ぜるとガナッシュができるから、あとはブランデー。」
「ほあー、めっさいい匂いする。」
「少し多めに入れて香りと風味を感じるようにする。舐める?」
「ひとくち!!!」
キラキラした目で出来上がったガナッシュを少しだけスプーンに掬い、味見役の旭へ向ける。待ってましたとばかりにパクンとそれを口に含む姿が、なんとなく幼い。この童顔に柴崎がやられたとしたら、少々変態くさいな。などとおもう。
もむもむと味わうように口を動かす様子を見やりながら、目は雄弁にものを語るとはこのことか、と幸せそうにする姿にくすりと笑った。
「うまいならよかった。」
「これ、おれクッキーにのっけてくいたい…」
「それはまた今度な。」
下準備は終わったので、そのままボウルの粗熱をとり冷蔵庫に入れる。
こうすることでスプーンで掬いやすい硬さまで冷やすのだ。目安は大体15分程度でいいだろう。
「キッチンが幸せの香りだぁ…」
「男の部屋には似つかわしくないけどな。」
期待するように何故か冷蔵庫の前に椅子を持ってきてタイマーを眺める様子は、やはり幼子のようで可愛い。
大林は見張り番役に徹する旭の横で、バットを用意してクッキングシートを広げておく。
「そういやチョコペンも一応買ったけど、どれつかう?」
ビニールからピンク、青、白の3色のチョコペンを取出すと、そのまま湯煎のあまりのボウルに入れて置く。
使わなければクッキーに塗って食べるつもりだ。
「おれピンク!大林青ね!」
「あ、つかう?ほいほい。」
まさかの白が残るとは、と以外に思おうとしたが、さすが旭である。想像の斜め上を行く。
「旭さん…」
「んま!」
なんと豪快に齒で先を噛みちぎれば、ピンクのチョコペンをそのまま加えて味わっていた。
いいのだけど、いいのだけどなんかちがうきがする。と思いつつ、大林もまぁいいか。と右に習えだ。
着色料がつけられたそれも、もとはホワイトチョコである。今更口につけたものをクッキーにかけるのも変態くさいので、タバコのように吸いながらトリュフを入れる用の箱を準備した。
走行しているうちに時間が来たので冷蔵庫からガナッシュを取り出すと、硬さもいい感じである。
早速旭にスプーンを渡すと、まずはお手本として一口大の大きさに掬って丸める。
「トリュフみたい…」
「それが由来だからな。」
当たり前の事を言う旭に思わずツッコミを入れながら順調に形成していく。
最後にココアパウダーをまぶすものとチョコペンで飾るものを分けて仕上げれば、六個入れられる箱に順々に詰めた。
見た目がいびつなのがそれっぽい。なかなかの出来である。完成品をお互い味見をしても申し分なく美味しかった。
「包装紙いる?」
「むしろ箱に直接紐で結ぶほうがそれっぽくね?」
「タコ糸にしよ!なんかあるじゃんそーゆーの!」
「麻紐のことだろそれ…普通に細いリボン2色使って結びゃーいいよ。」
タコ糸とか完全に森のお土産のようになりそうだ。
包まれているのが葉っぱでは無くキチンとした深緑の箱なのが救いである。
大林は色味の少し違うゴールドの細みのリボンを2つ束ねながら飾り結びをすると、それを見ていた旭がなにか思い出したかのように言った。
「包装研修で習ったやつ!!」
「使いみちあってよかったわ。」
百貨店の進物やギフトの包装に困らないように叩き込まれた知識が役に立った。バレンタインギフトを自分で準備する機会がなければ、おそらく日の目を浴びることはなかっただろう。
「完成したね…」
「後は渡すだけ…」
作っている時はなんだかんだ楽しくできたのだが、こうして完成してしまうと、その存在感に少しだけ物怖じしてしまった。
受け取ってもらえなかったら、と考えるネガティブな思考がじわじわと顔を出す。
それに、浮かれて作ったはいいけれど、もし迷惑だったらどうしよう。
奥さんからもらっている可能性だって高い。
大林は包み終えたバレンタインチョコを持つ手が自然と固くなっていることに気づき、あわてて紙袋に押し込んだ。
「しない後悔よりする勇気だよ。」
なんとも言えない淀みに飲まれそうになったときだった。
旭はそう言うと、ぎゅうと後ろから抱きしめた。
「っ、」
「美味しいし、嬉しいよ。」
「だと、いいな」
「がんばれ、な?」
うん、と言う小さい声を的確に拾うと、よし!と一つ気合を入れ直す声を出して自分の分のチョコレートの包装に取り掛かる。
何だか、旭に絆されるばかりだ。
照れくさそうにしながらも、その胸に小さく宿った決意を守るように、大林は胸のあたりを強く握りしめた。
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