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第3話
「カイネッ!! ほんとにカイネだっ!!」
「え、兄さまっ!?」
傍らから見れば感動的な再会シーンだろう。
最初に入ったのはカイネなのだから、後に続く俺達が眼に入らなかった、という可能性もある。
だが、
「悪い。後は頼む」
この今の気持ちは何だ。
「ああ。分かった」
余程ひどい顔に見えたのか、思ったより呆気なくシオンが応じてくれた。
俺が踵を返しかけたとき、
「大丈夫か?」
とまで聞いてきた。
俺はそれには答えず、できるだけそっと店を出た。
店から離れた、と感じるとすぐに俺の足は早くなった。
(何なんだよ、これは)
体の奥底からどす黒い感情が溢れ出てくるのを抑えられない。
前世ではどちらかというと俺の方が距離を置いていた。
(事情も知ってるしな)
だから大丈夫だと思っていたのに。
あのジュリアスが喜色を浮かべてカイネを抱擁した一瞬、それを口に出したらきっと皆が傷付くような思いしか出てこなかった。
(最低だな、俺)
自然、走り出すのを抑えられない。
現在カイネは俺の弟なので、これから先ジュリアスと会うこともあるかもしれない。
でも今は顔を見たくなかった。
(約束したのに)
分かっていたはずだった。
ジュリアスにとって俺の存在なんて──。
人混みを縫うように走る俺は目立っていたに違いない。
だけど、
「待って!!」
(……は?)
今のは──。
有り得ない声に幻聴かと思いつつも振り返れば。
「待って、君──」
全力でこちらへ走ってくるのは……ジュリアスだった。
(嘘だろう)
あんな他愛のない約束。
ジュリアスが覚えているはずなかった。
(きっと別の用件だ)
だがそれでも顔を会わせるのは辛い。
「待っ、何で早くなっ、」
後ろでジュリアスが何か言ってるが知ったことではない。
(というか何か足早くないか?)
俊敏さは俺のほうが勝っていたはずだが。
(くっ、これがコンパスの違いとやらか)
追い付かれる、と思わず赤で横断しかかったとき、目の前に車が停まった。
(え、何だこの高そうな車)
ドアが開き、そこから顔を覗かせたのは、
「乗るか?」
完璧な黄金比の美貌。
艶やかな黒髪に深い青の瞳のこの美丈夫は、かつてジュリアスとよく話をしていた上流貴族で。
「……あんた」
「どうした? 追われているんだろう?」
どこか楽しげに言うその態度もあまり気に食わなかったが、背に腹はかえられない。
俺が乗り込むとすぐにドアは閉められ、
「ヒューゴッ!!」
思ったよりずっと近くでジュリアスの声が聞こえた。
(げっ、マジか)
「やってくれ」
今にも車へ伸ばした腕が届きそうなその時、車が走り出し、俺はジュリアスから逃れることができた。
いや、『ジュリアスからは』としたほうがいいのかもしれない。
シートベルトをして落ち着いたところで、
「一応礼を言う。あと悪いが近くの駅で降ろしてくれ」
俺がそう言うと楽しそうな笑いが返ってきた。
「いやそれは無理だな。ここからだとあそこが近いか」
(え?)
「いやだから、駅……」
「ちょうどよい。話を聞くくらいならできるが」
「は?」
本気で『は?』が出た。
何言ってるんだ、と思わず睨むと、
「いやあれがあそこまで焦っているなど、久し振りに見たからな」
「見せ物じゃない……」
「これでも心配しているのだが、分からないか?」
「え、いや全然」
俺がそう正直に答えると艶やかな黒髪が沈んだ。
同時に運転席からくつくつと笑いが聞こえてきた。
「やられましたね、兄上」
ちら、とこちらを見たのは淡い茶色の長い髪に青い瞳のイケメンで。
「……あんたもいたのか」
「相変わらず言葉遣いがなってないようですね」
「こっちには不敬罪なんてないからな。それより運転に集中してくれ」
「当たり前だ。この俺がそんな下手なことする訳がないだたろう」
「……ふたりだけ楽しそうでズルい」
「「違うっ!!」」
後から思えばこれも策略の一部だったのかもしれない。
なぜなら気が付いたときにはこいつらのマンションの地下駐車場にいたのだから。
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