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第4話
「ほら」
と出されたのはホットミルクが入ったカップだった。
(子供か)
「今は学生なのだろう? だったらこの国では未成年に当たるな」
言われると反論し辛い。
「そう言うあんたは?」
「学生に見えるか?」
胸板こそそう厚みを感じないものの、その広い肩幅と落ち着きのある物腰を見てこいつを未成年、と言う輩はいないだろう。
「今は龍崎亜鈴だ。亜人の亜に鈴でアベルとは女神も粋な計らいをするな」
(いやそれ単なる当て字……)
目線で促されて俺も名乗ることにした。
「杉本日向悟だ」
どこのモデルルームだというくらい調えられたリビングは広さが二十畳はありそうで、そこではた、と気付く。
「龍崎って……」
確か某有名な企業が龍崎だった気がしてそこまで言い掛けると、斜向かいのソファーにアベルの弟──ユリウスだったか。今はどんな字なんだ?──が腰を降ろした。
「あの龍崎で合ってますよ。ちなみに俺は龍崎由利有珠。こういう字ですよ」
ローテーブルにあった名刺入れから出されたのは、龍崎グループの会社名と役職、それに『龍崎由利有珠』という名だった。
(うわあ、こっちも当て字……人のこと言えないけど)
「どうやら名前は皆向こうのものを引き継ぐらしいな」
(昨今のキラキラネームブームの裏にそんな事情があるだなんて誰も気付かないだろうな)
遠い目になっていると、
「冷めるぞ」
「……いただきます」
大分間が空いたせいか飲みやすい温度になっていて、ごくん、と飲んでからあることに気付かされた。
(え、これ…)
頬に熱が集まるのが分かる。
「気付け代わりに入れたが分量を間違えたようだな」
(ちょっ、分量を間違えたってっ!?)
「ふざけ……」
立ち上がろうとしたが上手く出来ず腰が落ちてしまった。
再びソファーに落ち着いた俺を見ながら、
「しかしこちらの世界の酒類は純度が高いのかな?」
「兄上。それは前にも注意した件ですよ」
のんびり会話しないで欲しい。
「まあよいではないか。これで却って話しやすくなるというものだ」
青の瞳が俺を見た。
「……何?」
俺の肩を抱き込むように腕が回った。
「なぜだ?」
だんだんと頭がぼんやりしてくる。
「なぜって」
なぜ、と問われると案外素直に言葉が滑り落ちた。
「何とも思われてないのにわざわざそれを確かめろと?」
俺が平民であいつが有望な貴族だということはイヤというほど思い知らされてきた。
その証拠にジュリアスの元には何度も本家からの遣いが訪れたり、こいつらのような上流貴族がお忍びで会いに来るくらいだ。
「ジュリアスはカスケード伯爵家の中で一番マトモだからな」
微苦笑したその表情さえ決まっていて、
(くっ、どうせ俺はただの平民だよ)
「病弱な長男やポンコツな次男より余程良い」
兄上、と諫めるような声にアベルが笑みを返す。
「何だ? お前もそう思っていたのだろうに」
「全く。今はその話ではないでしょう」
そうだったな、と完璧なカーブで縁取られた瞳が俺を視界に入れる。
「俺の耳がおかしくなったのでなければ、何とも思われてない、と聞こえたが」
背に当たる腕がほんのりと温かい。
促されるままに俺はあの出来事を口にしていた。
「ジュリアスは……あいつが俺と一緒にいたのは、命令されたからだ」
想っているのは俺だけ。
そんな虚しい想いを繰り返したくなかった。
(まあ、でも)
「あいつはあんなこと、覚えてなかったし」
「あんなこととは?」
流石にそれを口にするのは気恥ずかしかった。
「……何でもない」
俯いた俺の顎を持ち上げ、目線を合わせられてしまった。
「何でもないはずはなさそうだな」
深い青の瞳が見透かすように俺を見た。
「それは……」
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