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第5話
「何勝手なことを言ってるのかな?」
声がした、と思った瞬間にはアベルの姿は消えていた。
「思ったより早かったな」
嵐にでもあったのか、離れた床へ座り込んだアベルが顎の辺りに手の甲を当てながら言った。
(え、何が起きたんだ?)
「早いも何も。わざと人を煽るようなことをしておいてよく言うよ」
(この声……)
俺は声の主に後ろからがしり、と両肩を掴まれていた。
(振り返るの怖いんだが)
「全く。やっと会えたと思ったら全力で逃げられるし、この傷心をどうにかしてほしいよね」
口調は柔らかいが内に秘めた怒り(?)のような強い感情が伝わってくる。
(傷心? 怒り? 何でだ)
頭の中が疑問符でいっぱいになっていると、
「どうやら俺達は退散したほうがよさそうだな」
「こちらの言葉では何でしたっけ? 馬に蹴られたくないので失礼します、でしたっけ?」
ここの主であるふたりがそんなことを言い始めた。
「待っ……」
「キーは郵便受けにでも入れておいてくれ」
アベルが放ったカードキーを俺の背後でキャッチする気配がした。
(何か腕戻ってくるの早すぎないか?)
俺は再び両肩を確保されながら、
「いいけど。これ下のオートロックと兼用じゃないか。大丈夫なのかい?」
「俺が持ってる予備があるから大丈夫ですよ。それよりさっさと誤解解いて下さいね」
軽く手を振りながらドアへ向かうふたりだったが、そこでアベルが振り返り、
「分かっていると思うが未成年者に手は出せないぞ」
「兄上。行きますよ」
「ちょっ、」
俺の発言は全て流された。
「「……」」
沈黙が辛い。
というか、俺が気を遣う必要あるのか。
まだふわふわする頭でそこまで考えたとき、
「さっきはごめん」
ぎゅっ、とそのまま抱き締められた。
「正直に言うと入った瞬間、カイネの姿しか目に写らなくて。本当にごめん」
俯いているのか髪が肩に当たる。
(というか近い近い近いっ!!)
吐息が耳に掛かりそうになり、思わず身を引こうとすると、首に回っていた腕に力が込められた。
「やっぱり許せない? こんなんじゃ恋人失格かな」
落ち込んでいるのかだんだんと声に力がなくなっていったが、今何と言った?
「俺自分で言ったのに。都合の良いこと言ってるって思われちゃうかもしれないけど……ヒューゴ?」
何か重大なことが起きていると感じた。
「それって、俺のことなのか?」
「ヒューゴ?」
腕に力が込められた気がしたがここで引く訳にも行かないので続ける。
「あれは……別に本当じゃないだろ」
暈した言い方になってしまったが意味は通じたようだった。
後ろにいたジュリアスが今度は前に移動した。
(ってか、肩に掛かった手が動いた気がしないんだが)
「本当じゃないって何? ヒューゴは俺のことをそんなふうに思ってたの?」
真っ正面からジュリアスと向かい合うはめになって俺は更に体温が上がるのを感じた。
「違う。……それはジュリアスの方だろ」
こんなこと言いたくなかった。
こいつは基本誰にでも愛想がいい。
きっと少しだけ済まなそうに笑った後、言うのだろう。
ごめんね。そんなつもりじゃなかったんだ、と。
別にそれでも俺は──。
「ふうん。そんなふうに思ってたのか」
(……へ?)
「俺としてはありったけの愛を注いできたつもりなんだけど、一体何をどうしたらそうなるのかなあ」
「……は?」
本気で『は?』が出た。
何を言ってるんだこいつは?
「俺は、君が好きだよ。君は?」
真剣な眼差しが俺を見ていた。
それはどこか責めているようにも見え、息苦しさを感じながら、
「だってそれは……」
「それは、何?」
「それは、頼まれたからじゃないのか?」
「はあっ!?」
何故か本気で驚いてるように見える。
(美形だと驚いた顔も様になるって、どんだけなんだか)
「ちょっと待って。何をどうしたらそうなる……」
「合わせなくていい。聞いたんだ」
仕方なくあの時聞いた内容を俺は話した。
もういいだろう。
同情だか何か知らないがここまで話せばこいつも納得するはずだ。
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