「はい、今開けます」 教科書を閉じ、備え付けの椅子から立ち上がった。風呂の順番が回ってきたことを知らせにきてくれたのだろうか、でもいつもならドア越しに声を掛けられるだけだから何か用事かな。そう思いながらドアを開けた。 「楓、体調はどう？」 「ーー！き、桔梗様っ！」 そこには、白のニットにグレーのパンツというラフな格好で藍色のマグカップを持った桔梗が立っていた。 「ジンジャー入りのホットミルクを作ったんだ。……楓、部屋に入ってもいい？長居はしないようにする」 「も、もちろんです。……あの、どうぞ」 楓の部屋は六畳の洋室になっている。部屋の中にはシングルベッドと勉強机に小さなチェスト、それと制服を掛けるハンガーラックがあるだけだ。 桔梗は部屋に入るなりいつも通りベッドに座るとポンポンとマグカップを持っていない方の手でかけ布団を叩いた。 これは『ここに座って』のサイン。楓は嬉しくてにやけそうになるのを必死に隠して桔梗の隣に座った。 「この部屋に来るのも久しぶりだね。……何か困ってることはない？」 「な、ないです！……こんなに良くしてもらって僕は幸せです」 「本当？部屋も、もっと大きい部屋にしていいんだよ。高校生の部屋にしては狭いだろう」 「そんな……この屋敷に置いてもらえて、学校にも行かせてもらえて、それに自分の部屋までくださいました……。これ以上何も望みません！」 「ふふ……楓は本当に欲のない子だね。……まあそんな所も可愛いんだけど」 困ったように微笑むと桔梗は楓にマグカップを差し出した。 「さぁ、これ飲んで。よく、体調崩した時には飲んでいただろう」 まだ温かいそれは、ここに来たばかりストレスで体調を崩しがちだった楓のために桔梗が良く作ったくれたのだ。 「ありがとうございます……桔梗様」 受け取ったマグカップはまだ温かく楓の心まで温かくした。 ジンジャーの香りとはちみつの甘さが楓の好みピッタリで思わず頬が緩んだ。 「楓は美味しそうに飲むね。……そういえば楓、来週の金曜日、何か予定ある？」 「来週の金曜日ですか……？えっと、いつも通り学校の後、お仕事があるだけです」 「そう、なら仕事は休みにするよう言っておくね」 「えっ、なんでですか？」 「なんでって、来週の金曜は楓の誕生日でしょう？今年もお祝いしようね」 「そういえば……あの、いいんでしょうか、今年もお祝いって……」 自分は桔梗に拾われただけのただの使用人と思っている楓にとって誕生日をお祝いしてくれるのは嬉しいと思う反面、身分不相応なんじゃないかと悩んでいた。 マグカップを両手に持ったまま俯く楓のそんな気持ちに気づいたのか桔梗は優しく楓の頭を撫でた。 「私がお祝いしたいんだよ。楓は何も気にしなくていい。それより早く体調戻さないとね……さあ、そろそろ寝ようか」 そう言いながら立ち上がると部屋のドアに向かった。楓も慌ててお見送りしよう立ち上がったが桔梗はそれを制止した。 「ここでいいよ。ゆっくり休んで。……ねえ、楓。君はβなんだよね？」 「？はい。僕はβです……。どうかしましたか？」 桔梗は部屋の匂いをクンと一つ嗅ぐと眉間に皺を寄せ考え事をしているようだった。 「桔梗様……？」 「いや、なんでもないよ。楓おやすみ、早く良くなってね」 そう言い残し桔梗は静かに部屋の扉を閉めた。