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第5話貴方に会えなくなるのだけは……

「入りなさい」 冷たくささるような声が部屋の中から聞こえた。 「桜子様、何か御用でしょうか」 部屋に入り扉を閉めるとすぐさま桜子に尋ねた。桜子は部屋の真ん中に置かれているアンティーク調のいかにも高そうな一人掛けのソファに座りながら紅茶を嗜んでいた。 「何かって……あなたわからないの?……楓、来週の金曜日のあなたの予定を教えなさい。」 「えっと……いつも通り学校に行きます」 「そのあとよ!学校に行ったあと!」 桜子は『ガシャン』と音が響くほど乱暴にティーカップを机に叩きつけた。 ティーカップからは紅茶が零れ絨毯にまで滴っている。見ると桜子の美しい顔面は怒りに満ち額には青筋が張っていた。楓は一瞬言うか迷ったがここで変に嘘をついたりごまかす方が桜子の機嫌を悪くすると思い、覚悟を決め桜子に伝えた。 「あの……学校が終わったあとは、桔梗様とお食事に行く予定です」 言い終わると同時に「はぁ~……」と大きなため息が聞こえた。 「やっぱりね。毎年、毎年……本当に懲りないわね、あなた。お兄様はね次期望月家の当主になるのよ!そのお兄様がただの使用人のあなたと二人で食事なんておかしいことなのよ!……お兄様も同情か何かしらないけどいい加減、この使用人に構うのを止めてほしいわ」 桜子は苛立ちが収まらずギリギリと歯を食いしばっている。楓はただひたすら桜子の苛立ちが通り過ぎるのを目をギュッと瞑り頭を下げながら待った。 ーー桜子様は、桔梗様が好きだから僕に怒っているんだ……。 楓より一つ年下の桜子は楓がこの家に来た当初から嫌いだった。それは自分が何よりも尊敬し大好きな兄・桔梗が楓のことを大切にしていたからだ。初めは親がいなくて可哀そう、と同情の目をむけていたが、事あるごとに楓の部屋に向かう桔梗の姿にもう我慢ができなかったのだ。 「楓、あなたお兄様のお誘いを断りなさい。」 「えっ……」 咄嗟に下げていた頭を上げた。 「あの、桜子様申し訳ありません。行くことを了承してしまったので、断るのは……。これ限りにします、もしまたこのような事があればお断りする様に、」 「ダメよ。断りなさい。理由なんてなんとでもなるわ。さもないとお父様に言ってあなたを追い出すわよ。」 「そ、そんな……」 ここを追い出されたら楓には帰る家がなくなる。 楓の額から冷や汗が流れる。 ーー桔梗様に会えなくなってしまうのは嫌だ!この家を追い出されてしまったらもう桔梗様に会えなくなってしまうかもしれない。 「わかりました……。桔梗様には行けなくなったことを連絡します」 「今しなさい。持っているんでしょう、お兄様から貰った携帯が」 桜子が楓のポケットの膨らみを指さす。楓はおそるおそるポケットから携帯を出した。 桜子の視線が突き刺さる。桔梗に似た漆黒の瞳が早くしろ、と楓に言っているようだった。 ごくん、と唾を一つ飲み込むと震える手で携帯のメッセージを開いた。 『桔梗様、申し訳ありません。来週の金曜日のお食事、行けなくなりました。本当に申し訳ありません。楓』 ーーごめんなさい、桔梗様…… 涙が零れそうになるのを必死に耐えながら送信ボタンを押した。

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