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第12話思い返すはあの日のこと

「き、きょう……様」 「楓っ!ここにいたんだね、心配した……」 桔梗は座り込んでいる楓の体を力一杯抱きしめた。どうやら、楓が桔梗の自室を出た後に戻ってきたらしく部屋にいない楓を探していたそうだ。 「え……なんで、僕、桔梗様に酷いこと……」 抱きしめる力強い腕の中で楓の心臓がバクバクする。 桔梗は抱きしめていた腕を緩め楓の顔をじっと見つめた後、床に置いてあるボストンバッグとコートを見つけると眉間に皺を寄せた。 「楓、もしかして出て行こうとしたのか」 「だって、僕……桔梗様のお誘い……断ったり、酷いこと言いました。それなのに、昨日……してはいけないことを。……もう、合わせる顔がありません」 「楓……。大丈夫。気にしなくていい。……それより、体は大丈夫?」 「あっ……」 そこで楓は気付いた。一週間以上続いた微熱や倦怠感、そして昨日のうなされるような熱と、下半身の疼きが一晩にしてなくなっていたのだ。 「あれ……あの、大丈夫です。怠さとかもありません」 その言葉を聞くと桔梗は満面の笑みを浮かべた。 「楓、私は今とても嬉しいんだ。さぁ、お医者様のところへいこう」 楓の両手を取り、優しく立たせると床に置いてあったコートだけを取りあげ楓の肩にそっと掛けた。 「桔梗様!あの、僕、大丈夫です。本当に体はもう良くて……」 「だからだよ」 断ろうと必死に訴えるも楓の肩に掛ける桔梗の手は力強くなる一方だった。 そのまま部屋を押されるように出され、気付いた時には桔梗の車に乗せられていた。 途中、すれ違った使用人の一人に美智子がいてまるで鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして驚いていた。 仕事用ではない桔梗の車。望月自動車のセダンでは最高級ラインで漆黒のボディがピカピカに磨かれている。 この車に初めて乗った日の事はよく覚えている。 高校の入学式。せっかく高校に行かせてもらうんだからと猛勉強し首席で入学したが家族のいない楓はたった一人で式に出ていた。新入生代表としてスピーチをする為に壇上に上がると、なんと保護者席に桔梗がいた。楓は自分のために来る人なんていないと思っていたからそれはものすごく驚いた。式が終わった後、どうしてここにいるのかと聞いたら『大切な子の、大切な日に来るのは当たり前のことだよ』と、さも当然のように言ってくれたのが嬉しくて教室に戻る道中、ニヤニヤが止まらなかった。そして、その日学校から帰ろうとしたら校門にこの車が停まっていてそのままホテルのレストランに連れて行ってくれて初めて高級フレンチ料理というものを食べさせてもらったのだ。 ーーそんなこともあったな……。 窓の外をぼんやり見ながら物思いにふけていた楓。 桔梗も、出発直前にどこかに電話をしたきりで車の中の二人は終始無言だった。 「さぁ楓、着いたよ」 桔梗の言葉にはっと我に帰り外をよく見るとそこはあの高校の入学式の日に来たホテルだった。 「桔梗様、ここ病院じゃ……」 そこまで言うと桔梗は楓の言葉を遮った。 「楓。運命って信じるかい?」

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