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第15話過去① 桔梗視点
初めて楓に会った時の衝撃は今でも覚えている。
当時、私は大学を卒業したてで、父親に言われるがまま必死に仕事をこなしていた。
望月家が個人的に援助している児童養護施設は何らかの事情で親と離れて暮らさなければいけない子供や、事故や病気で親を亡くした身寄りのない子供たちが二十人ほど住んでいた。そこへ「訪問に行ってきなさい」と言われたのは大学を卒業する直前の三月のことだった。
「望月桔梗さんですね。今年も来ていただけて嬉しいです。子供たちにもね、今年は若いお兄さんが来てくれるのよって言ったら『一緒にサッカーするー』なんて喜んじゃって」
「毎年父か母が訪問していますよね。子供たちが可愛いといつも言っていますよ。私は、社会に出たばかりでまだまだ未熟ですが、なんとか期待に応えられるように頑張ります」
出迎えてくれた施設長の女性とそんな話しながら歩いていくとだんだん騒がしい子供の声が聴こえてきた。
「ここの部屋がプレイルームで、まあ大きな子供部屋って感じかしら。望月さんにご挨拶するために皆集まってるんです。騒がしいけれど、中に入って一緒に遊んでくださると嬉しいです」
「もちろんです、そのために来たんですから」
笑顔で応えると施設長は嬉しそうにプレイルームの扉を開けた。
その瞬間ブワッと全身が身震いするほどの甘い花の香りに体中が包まれた。首筋から足の先までピリピリしている。
「望月さん?どうかしましたか?」
施設長が動かなくなった桔梗を心配して振り返る。
「お兄ちゃんが来てくれた人ー?」「ねえ遊ぼー」
ハッと我に返ると何人もの子供たちが足元に近寄ってきた。だがその子たちからは何の匂いも感じない。
ーー違う、違う。この子達じゃない。じゃあどこに……
匂いを探るように辺りを見回すと、窓際で体操座りをしながらぼーっと外を眺めている少年からひと際強い香りを感じた。
ーーあの子だ!
近寄ってきた子たちを構うこともせず一歩ずつ吸い寄せられるように近づく。アルファ用抑制剤を飲んでいるのに首筋に噛みつきたくて溜まらない。
怖がらせないように。警戒されないように。理性を保ちながらその少年の前に片膝をついた。
「はじめまして、こんにちは。望月桔梗といいます。……ところで私のところへ来ませんか?」
ーー絶対、この子を離すものか……。
自分がアルファとして産まれてきたのはこの子に出会うためだったのだと本能がそう言っているようだった。
春に中学生になったばかりだという楓は同じ年頃の子と比べてもはるかに小柄で今にも消えてしまいそうな雰囲気を持っていた。
栗色の髪の毛は、目の色を隠すためだと伸びっぱなしで、ただでさえ白い肌はよほど外に出ていないのか不健康そうに見える。
「施設長、ここにはオメガはいないんですよね」
「えぇ、オメガは決まりでオメガ専用の施設に行く決まりですから……。ここにはベータの子しかいません。検査もしていますよ」
施設長は疑われたのかと思ったのか強い口調で反論した。
「そうですか……それで古森楓君についてなんですが、身寄りはいるんですか?」
「あの子に身寄りはいませんよ。それどころか、友達といえる子も……なかなか心開いてくれなくて」
「なら、我が家で引き取りましょう。できるだけ早く」
桔梗は心の中で歓喜した。
ーーこれであの子をずっと近くに感じられる。
それから楓が望月家に移ることになったのは訪問からわずか二週間後のことだった。
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