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第16話過去② 桔梗視点
「なぜ勝手に子供を連れてきた!私は訪問をしろと言っただけだぞ!」
ーーまぁ、こうなることはわかってたことだ……
「あの子は施設の中でうまく馴染めていない様子でした。これから先何か問題が起きた時、望月の名前が出てしまったら世間体も良くないでしょう」
楓を引き取った後、真っ先に父親・誠一郎の部屋に呼ばれた。まぁ事前に相談もせず連れてきたから一発殴られることくらいは覚悟していた。
「そんなこと関係ない!今すぐ施設に戻してこい。まったく中学生など勝手に連れてきよって……」
言いたいことだけ言えばいいなりになるとでも思っているのだろう。誠一郎は座っていた革張りのソファから立ち上がると文句を言いながら部屋を出ていこうとした。
ーー絶対に、楓を手放さない。
言葉よりも先に体が動いていた。
桔梗は出ていこうとする誠一郎の腕を掴み目の前に立ちはだかった。
「父さん!私は楓を施設に戻しません。何があっても。それに……今施設に戻せばそれこそ問題になります」
「桔梗、お前……」
「責任は私がとります」
ゆっくりと膝を折り床に両手と頭をつく。アルファとして生まれて二十二年。こんなことをしたのは初めてだった。そしてここまでしても譲れないものがあるのだと桔梗自身、初めての体験だった。
「……住み込みの使用人として扱う事。間違っても養子なんぞにはせんからな。あとは勝手にしろ」
頭を下げたままの桔梗に厳しい口調で言い放った。
ーーー
「望月さん……」
「楓、お待たせ。ごめんね部屋で一人にさせて」
楓のために用意した部屋で誠一郎と話した内容を楓に伝えた。
「楓、ごめんね。使用人なんて……だけど私は君を使用人なんて思わないから。必ず君を……」
「望月さん。ありがとうございます……。あなたは僕を気持ち悪がらないしとっても優しくしてくれる。さっき会った田中さんて人も僕を見て怒ったりしなかった。……凄く幸せです。だから仕事、頑張りますね」
そう言いながら楓は柔らかく微笑んだ。その時に私は誓ったんだ。君がここで幸せに過ごせるように私の全てを捧げようと。
母から習った刺繍を楓に教えるのが好きだった。食事に連れて行くと目を輝かせて喜ぶ姿が好きだった。
気が付けば『運命』という理由だけでは収まりきらないくらい楓のことが好きになっていた。
……だから、楓から誕生日の祝いを断る連絡が来たときは心臓がとまるかと思った。
気になってすぐ電話をかけても帰ってくるのは拒絶の言葉だけで、そのうち電話も取ってくれなくなった。
直接会いたくても運悪く出張が重なり家に戻れたのは楓の誕生日の夜だった。
「田中、楓の体調が悪いと聞いたが……今どんな様子だ」
「それが、朝から何も食べていなくて……」
「私が食事を届けるよ」
部屋で発情した楓の姿を見て、やっとこの日が来たのだと胸が震えた。きついアルファ抑制剤を飲んでいてもラットが治らない。
日に日に濃くなっていた楓の香りはオメガという証拠だったのだ。
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