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書籍化記念SS デート①
桜の季節は終わり、青々とした新緑が美しくなってきた四月下旬。
桔梗と楓は久しぶりに二人きりのドライブを楽しんでいた。
「小梅のこと、心配……?」
右手にハンドル、左手は助手席に座る楓の手を握りしめたまま桔梗はたずねた。
「大丈夫です! シッターさんも新生児から対応できるベテランの方だし、午後からみすずさんとお父さんも見に来てくれるって言ってたから。……でも、なんか変な感じです」
楓は後ろを振り向き後部座席を何度もちらちら見ている。
そこには誰も座っていないチャイルドシート。
いつもそこに座っている小梅がいないことにそわそわして落ち着かない様子だ。
「大丈夫だよ、なにかあったら連絡くるから。せっかくみんなが協力してくれたんだ。うんとデート楽しまなくちゃもったいないよ」
「……! そうですね、楽しみです!」
出産してから初めての二人きりのデート。
こうなったのも、三週間前桔梗が楓のために用意したサプライズがきっかけだ。
”楓を休ませたい、もっと自分を大切にしてほしい”
その気持ちが伝わったのかサプライズの次の日、早速楓が山之内総合病院にベビーシッターの予約の電話をしていたのには驚いた。
「楓のその服、よく似合ってるよ。とっても可愛い」
「へへ、桔梗さんもいつにも増して素敵です! ……プレゼントしてくれた靴も僕のお気に入りなんです」
薄いピンクのシャツにベージュのセットアップを着た楓が嬉しそうに微笑む。
楓が履いている白のデッキシューズはつい先日「デートをするなら」と桔梗がプレゼントしたものだ。
手縫いで縫われたそれは上質なレザーながらも軽く楓の足にフィットしている。
「私の見立ては間違いなかった、ってことだな!」
桔梗は楓の左手をぎゅっと握るとその手を手繰り寄せ指先にキスをした。
ー---
車で高速を走らせること約四十分。
ここは関東でも有名なデートスポット山上公園。
以前、テレビで流れていた「関東 デート特集~山上公園~」という番組を楓が目をきらきら輝かせながら見ていたことを覚えていた桔梗ははじめからここに行こうと決めていたのだ。
「わぁ……!すごい綺麗! 桔梗さん、桔梗さん、船がありますよ!」
「船の中も見れるよ。あとバラ園もあるから……行く?」
「もちろん!!」
そよそよと気持ちの良い風が吹くなか、二人は海沿いの散歩道を手をつなぎながら歩く。
小梅のこと、趣味の刺繍のこと、今度行ってみたいところ……
楽しそうに喋る楓はなんとも美しくて桔梗はその横顔を柔らかい表情で見ていた。
ー-こんなに幸せそうに笑っている楓は久しぶりだな。
いつも笑顔の楓だが、育児疲れのせいかここ数ヶ月無理して笑っているようにみえる時もあった。
でも、今は違う。心の底から幸せを感じているような笑顔だ。
ー-この笑顔をまもらなくちゃいけないな。
桔梗は心の中で自分自身に言い聞かせた。
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