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第2話 過去1

 僕の実家の近くには、大きなフットサル場を擁した運動公園がある。  そのフットサル場のすぐ隣りに、大きな西洋風の屋敷があり、その屋敷には幽霊が出るとの噂があった。  ある日、フットサルに夢中になるうちに、間違って屋敷の藪の中にサッカーボールを蹴り入れてしまった。不測の事態にどうするか友だちと話し合った結果、僕が代表で謝りにいくことになった。 「すみません」  玄関と思われる扉をノックして開けると、誰もいない屋敷は、しんと音が響いた。鍵がかかっていないとは不用心だと思いながら、しばらく待っていると、コツ、コツ、という不規則な音とともに、十歳の僕より五、六歳年上の少年が、左足を引きずりながら杖をついてきた。 「きみか? ボールを投げ入れたのは」 「あ、はいっ」  彼は痩せぎすの、白い顔をした、上品な口元の少年だった。 「庭のあの辺りに放っておいた。持って帰りなさい」 「はい」  黒いスラックスに革靴。肌の白さが際立つ、シワひとつないシャツ。襟元をぴったり止めていた。  僕はボールを拾ったあとで、再び屋敷の中へ戻った。お礼を言っていないことに気づいたからだ。 「あの」 「何だ? まだいたのか」  ありがとうございました、と言って帰るつもりが、その部屋の状態に圧倒された。  そこには様々な自画像が並んでいた。顔をしかめて睨んだもの、上半身裸のもの、布一枚だけの全身を描いたもの、どうやって描いているのか、横顔や、頬を膨らませたあどけないものまであった。テレピン油の独特の匂いの中で、少年は、正面のイーゼルに杖をもたせかけ、自由になる方の足の踵を、コツコツと貧乏ゆすりでもするように調子を取っていた。  すらりと伸びた背筋に、パレットを持つ腕。筆を持つ指先。  すべてが完璧だった。 「あの、ありがとうございました」 「別に。……きみ、ここは土足で入っていいんだ。靴は脱がなくていい」  青年は、呆れたように僕の足元を見て、ふっと笑った。  その日、フットサル仲間にどうだったか聞かれたが、僕は「誰もいなかった」と嘘をついた。何となく、彼との邂逅を語るべきではない、と思ったのだ。

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