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第3話 過去2
それからしばらく、学校が終わると、僕は少年の住む屋敷に入りびたった。
「あの、すみません」
玄関を叩くと、しばらくして少年が杖とともに出てくる。そんなやり取りを数回経て、僕は彼のアトリエへ、一声かけただけで上がりこむようになった。少年は呆れながらも、僕の相手をしてくれた。
「あの、何してるの?」
「見たとおりだ」
「学校は? お父さんとお母さんは?」
「うるさいな。見たとおりだって言っただろ」
その日の少年は、バスローブ一枚の姿で、褐色の床に白い足を投げ出し、煩そうに僕の相手をしながら絵を描いていた。ひたすら、まるで魂でも塗りこめるように描かれた絵には、高価な値がつくだろうことは、門外漢の僕にもわかった。
彼の左足には、大きく縦に裂いたような傷跡があり、その切れ目を横につなぐように短い縫い跡が規則正しく付いていた。
聞くと、事故の跡だそうだ。
「助かって良かったってみんな言うけど、けっこうしんどい時もある。ま、慣れたけど。この足のせいで、おれはどこにもいけやしない。まったく忌々しい。切り落としてやりたいと思う日がある」
「だめだよ……!」
僕が叫ぶと、少年はじろりとねめつけた。
「五体満足で、不自由を感じないきみに、何がわかる」
「か……」
「か?」
「宦官は……切ったチンチン大事にしてたって……。死ぬ時五体満足じゃないと、天国にいけないから……」
「ちん……」
僕が絞り出すように言うと、少年はぽかんとしたあとで、大笑いしはじめた。
「ちんちん……くくっ、ははっ、あっははは……!」
「な、何で笑うんだよっ」
「だって、きみ、そんな知識どこで身に付けてくるんだ、っははは……!」
歴史の参考書に書いてあったことをそのままひけらかしただけなのだが、彼は初めて僕の前で破顔した。それまでも微笑むことはあったが、年相応の笑い方をされたのは初めてだった。
胸の奥から、得体の知れない熱いものが湧き出してきて、僕は無闇に叫びだしたくなるのを堪えた。彼の心の慰めになるのなら、どう取られてもいい。
「その理屈なら、おれの足も切らない方がいいな」
不意に、引き攣れたようになっているその痕を、僕はどうしてか、舐めたい、と思ってしまった。
沸き起こった情動が、不健全で淫靡な欲望だと本能的に悟った。白い彼の足に這う、蛇のような痕。僕はそれになりたかった。傷そのものになり、永遠に彼の左足に巻きついていたかった。
それを自覚した時、彼がふらりと僕を見た。
「どうした?」
あどけない眸で問われた僕は、赤面した。
もしかすると、彼は本当は幽霊で、このまま彼と話していたら、魂を食われてしまうのではないか。この自画像だらけの部屋で、彼は食べた魂の分を、作品に昇華しているのじゃなかろうか。
急に馬鹿げた考えが湧き上がってきて、背筋が凍った。
「おい、どうかし……」
「よ、用事があるから、帰る……!」
するりと伸ばされた、白い腕。
その生々しさに魅了されそうになった僕は、そのまま逃げるように一目散に家に帰った。
屋敷の中に、サッカーボールを忘れてきたことに気づいたが、取りに戻る勇気はなかった。
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