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僕は失恋なんかしてない

「何、サボり?」 「あぁ、伊藤さん。お帰りなさい」 デスクに戻ると、先ほどまで取引先に出かけていた伊藤が海輝のデスクにどら焼きを二つ並べながら「お疲れ」と笑った。 差し出されたレモネードのペットボトルを受け取ると、まだ熱い。 「何ですか、このどら焼き達」 「お礼だよ。やー朝比奈君。今回のサポートしてくれてマジで助かったわ。良かったらこれも食べて」 追加で、かりんとう饅頭とプリン大福を置かれる。 どら焼きのビニルを剥き、口に運ぶと伊藤がケラケラ笑いながら早速例の噂を取り上げた。 「それより何か、帰ってきたら変な噂で皆盛り上ってるけど何。ほれ、井川かりんとう饅頭やるよ」 斜め向かいの席に饅頭を投げる。 海輝と同じプロジェクトチームのアナリストが両手で受け止めるが、力が入り過ぎて潰れた様だ。 「僕が聞きたい」 「失恋がどうのって話ですか」 かりんとう饅頭を手にしたまま井川が口を挟む。 「管理本部から開発部まで……何を言ってるんでしょうね? 仕事より大事なのか? え? この会社の女の頭の中身どうなってるんだ。朝比奈さん。何か色々言われてますけど、大丈夫っすか。何か、失恋したって凄い噂ですけど」 「女共がライオンみたいになってんぞ。朝比奈君、夜道には気を付けろよ」 「失恋したとか新しい彼女いるとか、募集中とか言いたい放題ですね」 呆れる井川と、面白そうに笑う伊藤にふんと鼻を鳴らし海輝はどら焼きを平らげて、かりんとう饅頭に手を伸ばす。 「僕は失恋なんかしてない」 「忘年会あれだけ拒否してたのに、出席するっていうから誰かが失恋したとか言い出したじゃないですか? 下らないですね」

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