10 / 17

第10話 おじいちゃん

「千歳。ちょっと一休みしない?」  俺からの提案は珍しい。  千歳はいいよと言いながらも、頭を掻きながら辺りをぐるっと見渡す。こんな田舎町では、一休みできそうな場所が無い。落ち着いて話せるところなんて、さっきの役所の待合所くらいだ。  しばらくして、千歳は閃いた。 「あ、八百屋いくか」 「八百屋?」  聞けばここからほど近い場所に、仲良しの同級生のお父さんが働いている八百屋があるのだという。店の前にベンチがあるから、そこがいいんじゃないかと。  八百屋か……人が来る気がする。  一瞬(ひる)んだが、もう一度自分を奮い立たせる。  今日言えなかったら、自責の念にかられながら新生活をスタートすることになる。何がなんでも言うんだ。  店につくと、千歳に気付いた店主が挨拶をし、俺たちに暖かいほうじ茶をくれた。  仲良さそうに話をしている千歳の隣で、自分は硬い表情で心臓をバクバクと言わせていた。  急に無言になった俺を見た千歳は、何度か「どうしたんだ?」と訝しんできたけど、苦笑いするしかできなかった。  あんなにイメトレしてきたのに。  喉が張り付いて、体が縮こまる。  何度か帰ろうとした千歳のコートを引っ張って留まるようにはしたけれど、肝心の言葉は言えなくて、時間だけが無情にも過ぎていく。 「茶、おかわりするかー?」  何度目かの店主の声掛けに、千歳が立ち上がる。  俺の湯のみも持って店の奥に向かおうとする千歳に、「おーい」と、店の商品を見ていたお爺さんが声をかけた。 「オレの分も頼む」 「はいよ」  見た感じ80代くらいの白髪のお爺さんとは知り合いなのか、千歳は頷いて店に入っていく。  ベンチに座る俺の右隣に、よっこらしょ、とお爺さんが腰をおろした。  (えぇ、どうしよう……隣に座っちゃった)  訛りの酷いお爺さんは、くぁぁと大きなあくびをして、何をする訳でもなく遠くをボーッと見つめている。田んぼのあぜ道でも見ているのだろうか。  きっと近くに住んでいて、ここに散歩に来るのが日課なのだろうと予想する。  となると厄介だ。ここに長居する気だ。  お爺さんが帰るまで、言うのは待とうか……。  だが千歳もさすがに限界だろう。俺ももう、黙り込んだままではいられない。  思い立った俺は、こぶしを作って右隣に体を向けた。 「あの、お爺さん」 「あぁ?」  怒っているのかとヒヤッとしたが、普段からこういう喋りなのだろう。 「俺、今から友達に変なことを言うと思うんですけど、気にしないでくださいね」 「変なこどって……オレなんが常に変なこど言っでらぁ。気にするかよぉ」  あっはっは、と高らかに笑われる。  俺は少しだけ笑って付け加えた。 「もし、俺がなかなか言い出しそうに無かったら、俺の尻を叩いてもらえますか」 「はぁ~? なーんでオレがよく知らねぇお(めぇ)さんのケツなんが叩かなきゃなんねぇんだぁ」  お爺さんの言う通りだけれど、誰かに背中を押してもらいたかったのだ。頑張れと言われたら頑張れそうな気がする。  例えそれが、初対面のお爺さんだとしても……。 「ほら、爺ちゃんの分。落とすなよ」  戻ってきた千歳が、慎重にお爺さんに湯呑みを渡す。シワシワの細い手で受け取ったお爺さんは、はいはいと軽く頭を下げてほうじ茶をズッとすすった。  左に千歳、右にお爺さん。  場所は田舎町の八百屋。  まさか告白がこんな状況になるとは。 「ち……千歳。俺……」  名前を出しただけで泣きそうになって言葉が続かなかったが、ふと腰の辺りを手でバシッと叩かれた。  ちょっと痛いけど、お爺さんありがとう。心の中で呟く。 「千歳のことが好き……って言ったら、どうする?」  震える声に反応した千歳は、しげしげと俺の顔を覗き込む。 「好きって、そういう意味で?」 「そういう、意味で」  瞬きをぱちぱちと繰り返す千歳は、え、は? と小さく繰り返している。 「……ていうかそれ、今言う?!」  そうだ。その通りなのは百も承知である。  本当は部屋を決める前に言うべきだったのに。  申し訳無さすぎて俯いていると、右隣から快活な声が聞こえた。 「告白ってのはいいもんだな。久々に婆ちゃんとの熱烈な恋を思い出しちったよ。おめ、ちゃんと返事してやれよ、こいづは勇気出して告白したんだがら」 「爺ちゃんは黙っとけっ」  全力で突っ込む千歳に笑ったつもりだったのに、実際は表情筋は引きつったまま固まって、顔や耳だけではなく、ジワジワと目の奥までもが熱くなっている。  気持ちを隠したまま同居するのは千歳に申し訳なくて、告白をしようと思ったこと。  そして、友達になって間もない頃から好きだったのだと伝えると、千歳は目をますます丸くした。 「マジで?! 全然気付かなかったんだけど!」  やっぱり、千歳の鈍感力は俺には未知すぎた……。

ともだちにシェアしよう!