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第11話 感謝の気持ち

 千歳は嘘を吐くのが下手だ。  だから本音と建前とかは頭になくて、その時感じたことをそのまま言葉にしている。  少しくらいは気持ちがバレているかもと覚悟したのに、まさかここまで鈍感だったとは。  真っ直ぐな視線に耐えきれず、俺は俯いてズボンの生地を握りしめた。   「本当の、はつ、恋なんだ。千歳が」  平然を装うと、余計に声が震えた。  自覚したのは、千歳が自分の前で服を脱ぎ始めた時。けれどたぶん、保健室の時から恋していた。  好き過ぎて、うまくいかなくて。  こんなに胸が苦しくなる恋は人生ではじめてだったから、千歳がどんなに大切なのかを伝えたかった。 「初恋?」  だが千歳は、相変わらず驚きと困惑が入り交じった顔をしていた。  気持ちはなかなか伝わない。言葉だけがひとり歩きしている。  0.1パーセントの微量な望みは砕けた。  お爺さんは返事をしてやれと千歳に言ってくれたけど、そんな必要はもうない。この反応と表情が答えだ。  水の底から見る景色はゆがんでいる。  俺は立ち上がって一気に言い放った。   「契約解除してもらえるか大家さんに聞いてみるから。すぐには無理そうでも、ちゃんと家賃は払う……俺、千歳が好きなんだ。だから千歳に、迷惑かけたくない……」  そのまま、千歳に背を向けて歩き出した。  家に帰ったら、笑って電話を掛けてみよう。  なるべく湿っぽくならないように。明るく『ビックリしたでしょ。ごめんねー』と舌でも出して。  (ありがとう、千歳)  ふと湧いてきたのは感謝の気持ち。  友達になるって言ってくれて、喧嘩した時も先に謝ってくれて、一緒に住んだら楽しそうだと言ってくれて。  今までたくさん助けてくれたことが瞼の裏に浮かぶと、壊れた蛇口のように、涙がとめどなく溢れ出てきてしまった。  田んぼのあぜ道でひとり、着ている厚手のパーカーの袖口で涙を拭いながら歩いた。涙はまた出てきて、また拭いて。あっという間に袖の色が濃く変わった。    (すごい好きだ)  けれどもう、終わりだ。  どうせ無理なら、早く言えば良かった。  告白して、現実を突きつけられるのが一番の昇華方法だったのだと、今更気付いても遅い。  バス停のベンチに腰を下ろして、みっともなく泣き続けた。人がいなくて良かった。    (言えて、良かった)  どうしようもなく苦しいけれど、どん底の哀しみの中にも、ほんの少し光は差し込んでいた。  告白は成功しなかったけど、伝えられたことに意義がある。ひねくれていて人に流されてばかりいた自分は、ほんの少しレベルアップして、これを(かて)にこれから頑張れる気がした。  気を張っていないと嗚咽を上げてしまいそうになるけど、この気持ちを無かったことにしなかった自分はえらい。言葉にしたことで、確かに恋心は存在したのだと千歳に分からせてあげることができた。  これから、例えどんな困難があろうとも逃げずに立ち向かえて── 「創」  顔をはね上げると、千歳が立っていた。  唇を結んで、やけに真剣な表情で自分を見下ろす焦げ茶色の瞳から、目が離せない。  千歳は優しい。面と向かって、俺を振ってくれようとしている。  ──あ、ヤバい。こんなに泣いてたら千歳は振りづらくなってしまう。  千歳は気遣うように、俺の手をきゅっと握りこんできた。手のひらから電流が一気に突き抜けて肌が粟立つ。こんな風に肌に直接触れたのは、保健室でのあの日以来だ。 「好きになってくれてありがとう。俺も、創が好きだ」

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