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第13話 ふたり暮らし。
*
「じゃあ、しっかりやんなさいよ。創くんにはくれぐれも迷惑掛けないように」
「何回言うんだよ。分かってるって」
玄関先に立つ千歳母に、千歳がうんざりした様子で返した。
千歳母の隣に立つ俺の母親も、別れを惜しむように俺たちをじっと見つめている。
「創も千歳くんも、身体 に気を付けて。仲良くね」
「うん。ありがとう」
今度は俺が返事をすると、千歳母は「じゃあ、たまには遊びに来るわねー」と明るく言って俺の母と一緒に部屋を出て行った。
ドアが閉じられたのと同時に、千歳が安堵の息を吐く。
「なんとか、終わったな」
「ね。あとは食材とか買い出しに行かないと」
「だな。それはもう明日にしようぜ。なんかどっと疲れた」
外はすっかり日が落ちている。
今日は両家の母親が荷解きを手伝ってくれた。必要な家電や家具を見に行ったりもして、一日中動き回っていたのだ。
ゴミ袋もダンボールも山ずみだけど、どうにか寝るスペースは確保出来た。ソファーベッドに横になる千歳は、本当に疲れた様子でぐったりと仰向けになっている。
「大丈夫? 夕飯、何か買ってこようか」
「いやー、とりあえず風呂入りたいなぁ……」
「じゃあ俺、風呂掃除してくる」
ムンッと張り切ってズボンの裾をまくり、買ったばかりのスポンジと洗剤で浴槽全体をゴシゴシ洗う。
栓をして、お湯が入っていくのを確認してからユニットバスを出ると、寝転がっていたはずの千歳が、ゾッとしたような顔で起き上がっていた。
「俺、これから何でも全部お前に任せちゃいそうで怖くなった」
「いいよ別に。俺、鍵っ子だったからだいたいのことは出来るし」
「お前は良くても俺はダメだ。俺もちゃんとする。何かやることは?」
「あ、じゃあ、シャワーカーテン付けないと」
「よし」
いつまでもだらけていられないと、千歳はお風呂場へ向かった。
──確かに俺、大好きな千歳の為だったら何だってしてしまいそう……。
だが甘やかすことだけが愛情ではないのだから、これからはちゃんと二人で役割も決めてやっていこう。
カーテンを付け終えた千歳が戻ってきた。
「創いいよ、先入って」
「大丈夫だよ、千歳疲れてるんだから入って」
「お前はいつも、自分のことは後回しだよなぁ」
「……なら、一緒に入る?」
途端に黙り込んだ千歳は、俺の顔をじっくり見つめてから視線を外した。
「やめといた方がいいと思うけど」
「狭いから?」
「……じゃなくて。冷めるから、創が入らないんだったら遠慮なく入るからな」
千歳は目の前でシャツのボタンを上から順に外し始めたので、反射的に背を向けた。
そっぽを向いている間に、ユニットバスの扉が閉じられた。
なんとも複雑な気持ちで、扉の向こうにいる千歳を思う。
(せっかく恋人同士になったのに)
拒否してきたのは、俺が未だに千歳の裸をまともに見られないことが関係しているのだろう。頭がパニックになって、心拍数も上がって、どうしたらいいのか分からなくなる。
(でも、一緒に入ろうって誘ってくれれば俺だって……)
また受け身の浅はかな考えが湧いてしまったのに気付いて、両手でペチペチとほっぺを叩いた。
人任せにするのはもうやめよう。
俺は身に付けていたものをその場で脱ぎ捨て、ユニットバスのドアを開けた。
フェイスタオルで心もとなく前を隠して、シャワーカーテンを横に引く。
「な……っ、創?」
「……一緒に入る」
狭い空間に反響する二人の声。
足のつま先をお湯に付けて、片足からゆっくりと沈める。片方の足も入れている間に、場所を開けるように千歳の身体が隅に移動した。
両足を割った千歳の間に、体育座りをした俺の身体が埋まる。
引き締まった肩と腕がお湯の外に出た状態の千歳は、たちまち顔が赤くなっていった。
「なんで来たんだよ」
「いいでしょ。好き同士なんだから」
「……あのなぁ」
はぁ、とおでこに手をやられたのを見て胸がチクッと痛くなるけれど、めげずに身体をずいっと寄せた。水面が揺らいで、シャワーカーテンが濡れる。
「創、近いよ」
「嫌なの?」
「……もう、勝手にしろ」
ドッドッと、心臓が鼓動した。
まともにその身体を見れないくせに、手を伸ばせばその素肌に触れることができる。
これからずっと一緒なのだ。
こんな日が来るだなんて、この間まで思わなかった。
「前にさ、千歳と喧嘩したことあったでしょ?」
やけに大人しい千歳は「うん」と低い声で頷く。
「その時に『あの時、見つからなければ良かった』って俺が言ったの覚えてる?」
「あぁ、結局それって何のことだったんだ?」
「千歳がトイレで、具合の悪くなった俺を見つけた時のことを言ったんだ」
「え、なんで」
「それが無かったらきっと、千歳を好きにならなかったから」
それから素直に、胸の内を吐露していった。
鈍感なこの人にはきっと、はっきり言ってあげないと分からないだろうから。
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