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トドメを刺してと君は言う【中編】 6
翌朝。
目を覚ますと、開けっ放しになっていたカーテンのせいで朝日が直接眼球に突き刺さった。あまりの眩しさに、布団に顔を押しつけて唸る。
寝る前も眩しかったのに、起きても眩しいのかよ。
カーテン閉めるのすっかり忘れてた。高層階に住むと、外部からの目とか防犯の意識が薄れがちになってしまっていけない。
時計を見ると、6時を回っている。
俺は慌てて、自分の部屋から出て爽の部屋に向かう。
昨日のことがあった手前、会うのは正直かなり恥ずかしかったけど……背に腹はかえられない。爽の体調の確認の方がずっと大事だ。
コンコンッ
ノックに返事はない。
ドアを少しだけ開いて中を覗くと、グッスリと眠る爽の顔が見えた。
そーっと近づくと、綺麗な顔で眠る王子様に思わず見惚れてしまう。穏やかな顔だ。熱もすっかり引いている。
……俺にあんなことしといて無防備に寝やがって…!って、それは病人にはあまりに酷か。
たぶん、起こしたら会社に行くと言われてしまいそうで…どうしたものかと考える。
ふと思いついて、爽の携帯を探す。
昨日着ていたスーツの内ポケットを探るとスマホが出てきた。良し良し。
スヤスヤと眠っている爽の顔に携帯をかざし…顔認証でロックを開けて、部屋の外に出る。
世の旦那さんは注意してくださいよー?
これで浮気なんて一撃でわかるんだからねっ!
…でもまぁ、今回は、不可抗力ってことで!
俺は画面をスワイプして、連絡先から昨日知り合った"彼"の名前を探し出し……通話ボタンを押した。
プルルルル……プルルルル……
ガチャッ
『おーーーっす、爽どしたぁ?朝早くから珍しいじゃん…!なんだぁ~?またかわいこちゃん自慢か?』
「えっ!?」
『……えっ!?』
「あっ…あの、俺…」
『エッ!?もしかして暁人!?』
俺が電話をかけた相手は、和倉 恭介。昨日初めて会った爽の同僚だ。
爽からだと思って出たんだろうから、驚くのは無理ないけど……"かわいこちゃん"とは一体……?
もしかして…爽の好きな女の子のこと…?
『何で爽の携帯からかけてくんの!?』
「えっ…?なんでって……俺、きょ…恭ちゃんの携帯番号知らないです…」
『ええっ!!?俺昨日聞かなかったっけ!!?うわー不覚ーっ!!!暁人みたいな美人の連絡先聞かないとかもうそれは男としての沽券に関わってくるって言うか…マナー的な話になってくるじゃん!?……あ、でも俺が暁人の連絡先聞いたら爽怒るかなぁ……?俺爽に怒られんのはいやだなぁ~!!!いやいや…でもさ、俺下心無しに暁人と仲良くなりたいんだよなぁ…その場合はセーフ!!!?ねぇ、どう思う!!!!?』
「…ええっ?あの、そうじゃなくて…」
こっちに口を挟ませる間を全く与えない恭ちゃんの喋り方に、混乱して言葉がつっかえる。…なんかあれだ、恭ちゃんのトークスピード……お義母さんに似てるんだ…!こっちの話丸無視にするところも似てるし…うわぁ、絶対出会ったら大変なことになる予感しかしない。
『っていうか敬語使わないでよ!!!爽にはタメ口だよね!!?何で俺だけ敬語!?めっちゃ寂しいじゃん!!!…え、あれ…待って……暁人の声って電話でもかわいいね?』
「もーーーーっ!!!!話聞いてよ恭ちゃんっ!!!!」
あまりのマシンガントークに、お望み通り敬語を取っ払って横槍を入れる。途端に、はぁーい!とかわいらしい声が返ってきて、拍子抜けした。
おお、なんだ…話を聞いてはくれるんだ。
そこはお義母さんとは違うみたい。
「あのね……実は爽が昨日熱出しちゃって…」
『えっ!?』
「今はもうほとんど下がったんだけど…心配だから会社休ませたくて……でも、誰に連絡していいのかわからないし、そもそも本当に休めるのかも俺には判断つかないから……恭ちゃんに意見聞きたくて電話したの」
『マジか………そういや、昨日の帰り際のアイツ…確かにちょっとツッコミが弱かったかもしんないわ…そういうことかぁ』
いや、ツッコミで体調判断するんかい。芸人か。
『じゃあ、休みの連絡は俺から会社に入れとくから暁人は何もしなくていーよ!爽のやつ最近仕事しすぎだからさ…有給消化がてらゆっくり休ませてやって?』
「……うん、ありがとっ!」
『いいえ~!あ、あとさ!昨日の弁当死ぬほど美味かった!!!!』
「えっ…ほんと?嬉しいっ…!」
『ほんとほんと!!俺絶対お礼するから!!!ハァ~爽が羨ましいよ……胃袋まで掴まれてて…』
「………胃袋……まで?」
『あ!!いや、こっちの話!!!』
美味しかったなら良かった…。人に褒められるのっていいなぁ。お料理もっと頑張れそう。
『俺にも、美人降ってこないかなぁ……』
「………降る?美人って…降ってくるの?」
『舞い降りてきてほしいって意味だよ……こう、全てを差し出したくなるような女王様に巡り会いたい…』
「………じゃ、爽の件よろしく~またね~」
『ちょ、暁人それはな』
ブツッ…
真面目に聞くのが馬鹿らしくなったので、ブツ切りしておいた。多分、恭ちゃんへの対応としてはこれがベストなはず。
……なんて…なんだかんだ恭ちゃんっていい人だな。爽のこと本気で心配してくれてたし…いい同僚だ。職場にちゃんと爽のことを大切にしてくれる人がいるってわかって、俺も嬉しい。
部屋に戻って、いまだ眠り続ける美青年の顔の横に携帯を置く。勝手に借りてごめんね、爽…。
けどこれで、今日1日は安静にしてくれればいいな。
俺は爽が起きていないことを改めて確認して、規則正しい寝息を立てて眠る王子様の額に、キスを落とす。
前された時の、仕返し。
ねぇ爽………、
昨日のこと……覚えてる……?
俺、次どんな顔して爽に会えばいいの…?
ちゃんと……話せるかな?
爽の部屋を出るとすぐにシャワーを浴びて、身支度を整えてから朝食を作る。自分の分は適当でいいとして…爽の分は何を作ろう。
きっと、昨日同様量はたくさん食べられなさそうだし……具沢山のスープでも作っておこうかな。スープなら朝でも昼でもお腹が空いた時に、好きな量を温め直して食べられるし…ちょうどいい。残ったら、俺が夜に食べればいいし。
大鍋にトマト缶をぶち込んでコンソメを入れ、ざく切りにした野菜と鶏肉を詰め込んでいく。ザ・男の料理って感じ。
煮詰めている間に、自分の分のお弁当を作る。今日は……1人分。爽の分のお弁当を作らないとなると…自分の分を作る気が失せまくる。適当でいいや。
……あーあ、つまんない。
今日は…爽からお弁当美味しかったよってメッセージ…貰えないんだ。
不機嫌な顔で手早く食材を詰め終え、スープの方の火を止める。
さぁ、俺は学校だ。
家を出る前に、一応爽にメッセージを送っておくことにした。起きた時、ビックリしちゃうかもしれないし。
"爽、おはよう。よく眠れた?
今日は恭ちゃんに頼んで爽はお仕事お休みになってるから、安心してゆっくりしてね。
あと…朝食兼、昼食にスープを作ったので、お腹が空いたら食べてね?
俺はこれから大学に行くので夕方には帰ると思います。
早く爽の元気な姿が見たいです。
いってきます!"
よし、これでオッケー。
昨日のこと…もし爽が覚えてたら…って思うと恥ずかしいけど、早く爽の元気な笑顔が見たいのはほんと。
万が一覚えてたら、その時はその時だ。
謝ってもらうなりなんなりして、笑い話にすればいい。
俺は靴を履き、玄関を飛び出した。
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