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トドメを刺してと君は言う【後編】1

爽の指がスルリと俺の首筋を撫でる。 昨日舐められた場所だ。 「爽……っ、俺…」 「ん…?」 「あの……俺ねっ」 ピンポーーーンッ 「………」 「………」 ピンポンピンポンピンポンピンポーーンッ 「だーーーーーっ!!!うるっせぇ!!!!どこのアホだ!!!!」 「そ、爽…?俺出ようか…?」 「は!?お前怪我してるんだぞ!?絶対ダメ!!」 「えっ?で、でも…歩けないわけじゃ…」 「いいから!!!俺が出るからあきちょっと待ってて…?」 「う、うんっ!」 絶妙なタイミングの来客に、お互い微妙な顔になってしまう。爽は俺の上から避けると、腕を掴んで俺の上半身を引っ張り上げる。 なんか…俺いっつも爽に押し倒されてない…?…もしかしてこれ、爽の癖…? 乱れた髪を撫でつけられ、そのまま耳にかけられた。チラリと爽の顔を下から見上げると、"上目遣いはダメ…"と呟いて俺の鼻をちょんっと指で押し、いまだ鳴り続けるインターホンを見に行ってしまった。 「………なに、それ……」 あまりにも甘ったるい対応に、こっちが恥ずかしくなってしまう。 普通あんなことナチュラルに出来る…!? 王子様すぎるでしょ…!!!! 「は~…………心臓出そう……」 顔を覆った両手のひらの隙間から、今しがた自覚したばかりの想い人を見つめる。どうやらインターホンに向かって文句を言っているようだ。普段とは全く違うその姿に、首を傾げる。 相手…誰だろう…? っていうか、俺……… もしかしてさっき…言おうとした? 今、爽に好きだと告げて一体何になるんだ…… だって、おそらく爽にはもう…好きな人がいる。このまま俺が爽に好きだと告げたって…気まずくなるだけだし、爽に居心地の悪い思いをさせるだけだ。それどころか、もしかしたらこのルームシェア自体解消になる可能性すらある。 危なかった。 何も考えずに告白していたら、関係が崩れるところだった。 ………別に、爽が俺を好きになってくれなくたって………いいじゃないか。 爽は今でも十分、俺を特別扱いしてくれているし…なんなら立場上、俺は爽の許嫁だ。 これ以上何を望む? 爽が本当に好きな女性と結ばれるその時まで、このまま仲のいい一友人としてそばにいて…そして、その時が来たら爽の為に身を引けばいい。 それが爽にとって、きっとベストなはず。 好きなんて、言っちゃダメだ。 言う前に気付いてよかった…… そう……これでいいんだ………俺のエゴで爽に嫌な思いをさせるなんて…そんなの絶対ダメ。1ミリだって、俺のせいで心を痛めて欲しくないんだ。 ……心からそう思うのに、何故か涙が出そうになる。 そっか……俺、 自分が思ってるよりずっと爽のこと…… 「あき……?」 いつの間にか戻ってきていた爽が、俺を見下ろして驚いた顔をしている。 やばい、こんな顔してちゃいけないっ…! 爽にこれ以上、心配かけたくない! 「……!爽!」 「どうした…?なんかあったのか?」 「えっううん!なんでもないよ?」 「けど、お前…」 「爽ーーーーーーーーーーっ!!!!!」 リビングのドアから全力で突進してきた大きな影が目の前で爽にタックルして、俺は驚いて目を見開く。爽も不意打ちだったようで、真顔で固まっている。 「えっ…!恭ちゃんっ!?」 「おー!暁人~!!お邪魔してまーす!!今日も相変わらずかわいいな!」 「な、なんで!?」 「爽のお見舞いに来た!すっげー家広くてびびった~!!!ここ新築?タワーマンションやべーな!!!」 「おっ前……恭介っ!!!!クッソ迷惑なんだよ!!!!!」 「ええーっなんでぇー!!?明日の会議の資料持ってきたって言ったじゃん!!!もっと褒めてよキスしてよー!!!!」 「するか!!!気持ちわりーなっ!!資料持ってきたんじゃなきゃ部屋に入れてねーよ!!!置いたらさっさと帰れ!」 「あはははははーーッ!!!さすがに酷すぎだろ爽!!!」 大爆笑しながら爽に抱きつく恭ちゃんと、それを全力で拒む爽に思わず笑ってしまう。大型犬が飼い主にジャレてるみたいな感じ。 本当仲良しだなぁ…この二人。 「もっと死にかけてんのかと思ってたけど…爽すっかり元気じゃん!」 「まぁな……全部、あきの看病のおかげ」 「ふ~ん……、暁人は偉いなぁ…!」 「えっ!?わっ!」 恭ちゃんに頭をくちゃくちゃに撫でられる。それを見た爽は慌てて止めに入って、恭ちゃんをキッと睨みつけた。 「オイ恭介っ!不用意にあきに触るな!!!」 「えーーーーっ爽のケチっ!!!俺にも暁人を愛でさせろ~」 「絶対ヤダわ早く帰れ!!邪魔!!空気読めアホ!!」 「なんでーーーーーー!?」 「ちょ、ちょっと爽…!せっかく恭ちゃん来てくれたのに…失礼だよ?」 「……あ、あきっ…!」 「ぎゃははははっやーい爽怒られてやんのー!!」 「うっせー!お前は黙ってろ!!」 目の前で繰り広げられる小学生の喧嘩に、俺は呆れてため息をつく。 前から思ってたけど、爽って…俺以外の人には結構辛辣。まぁ、恭ちゃんには特にだけど。 結局、恭ちゃんが持ってきてくれたお土産のチーズケーキを3人で食べることになり、爽は渋々紅茶を淹れてくれた。俺、昔は断然コーヒー派だったけど…爽と暮らすようになって紅茶も同じくらい大好きになった。爽の淹れてくれる紅茶は香りがよくてとても美味しい。高い茶葉を使ってるからかな? その後爽は、休む間も無く俺の膝の絆創膏を取り替えてくれて…あまりのスマートさに舌を巻く。相変わらず一分の隙もなく王子様だな、この男。 爽が手当てしてくれている間中、恭ちゃんが怪我についてめちゃくちゃ突っ込んで聞いてきたけど、なんとか苦笑いで乗り切った。 怪我のこともストーカーのことも、爽は恭ちゃんに何も言わなかった。俺がこの場で話題にして欲しくないこと…ちゃんとわかってるみたい。 爽って……本当に、心から優しい…… いつも、俺が一番してほしいことを考えてくれる。 そういうところが、 やっぱり、たまらなく好きだな… せっかく恭ちゃんがお見舞いに来てくれたのに、それ以降も爽の機嫌はあんまりよくならなかった。もしかしたら、ストーカーのことについて早く俺と話し合いたかったのかもしれない。 爽って俺にはいつも紳士なのに、恭ちゃんに対してはめちゃくちゃ子どもみたいな態度になってて笑ってしまう。 3人で談笑しながらケーキを食べて、紅茶を飲む。爽のおかげで、恭ちゃんとも仲良くなれそうで…俺はすっごく嬉しい。 今日はもうすでに1人、とんでもない美人のお友達が出来たばかりだし…嬉しいことばっかり。 俺はストーカーの件も、爽への気持ちを自覚したことも、すっかり忘れてティータイムを存分に楽しんでいた。 …はずだった。

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