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トドメを刺してと君は言う【中編】10

「あ、あきっ…?」 「こ、こわか……っ…こわかっ……」 恐怖から解放された安心感で呂律が回らず、涙も全然止まらなくて爽の胸をビシャビシャにしてしまう。これ高いシャツだろうなー…とか、絶対に今考えるべきじゃないことが何故か頭に浮かんだ。多分、普通の精神状態じゃ無かったからだと思う。 爽は俺をギュッと強く抱きしめ返してくれて、頭頂にチュッとキスを落とす。 「もう、大丈夫だから……怖かったな…?」 「…ふっ…ぅっ……ぐすっ……」 「よしよし…」 「ぐすっ…っ…」 「ほら、大丈夫……俺がいるよ?」 「…うっ、…うんっ…」 「あき、顔見せて…?」 「……ん」 爽の胸から顔を離して上を向くと、クスッと笑った爽に両方の親指でグイグイと涙を拭かれた。優しい手つきだ。 「まつ毛なっが……、ふっ…お前泣いてても美人だね」 「……っ爽…、」 「ん?なんですか…許嫁様」 「……元気になって、良かったっ…」 「…あははっ!こんな時まで俺のことかよ?」 「だって…っ」 「お人好しだなぁあきは…」 ……そんなんじゃない。 爽だから、爽相手じゃなきゃ…こんな時まで考えたりしない。 「え……あき、お前その足…」 「えっ?あ、これは……今日、学校で…その…転んじゃって……」 自分の膝を見ると、絆創膏に血が滲んでいる。痛みを無視して全力で走ってしまったから…こうなったのも頷ける。 爽には、男の人たちに声をかけられたせいで怪我した…とは言わない方が良いだろう。心配かけたくないし、……ものすごく怒りそうだし。 「……よし、」 「…爽?」 「あき、おんぶと抱っこどっちがいい?」 「……え?」 「どっち?」 有無を言わせない雰囲気に、反抗する気が失せる。これは…逆らわない方がいい。 「……あ、あの……おんぶ」 「はい、素直でよろしい」 後ろを向いてしゃがみ込んだ爽の背中に、黙って乗る。俺の持っていた学校用のリュックやスーパーで買った食材も全部爽が持ってくれて…それでも全然ブレない力強さにめちゃくちゃ男を感じた。…かっこいい。爽の背中って…こんなに広かったんだ。 病み上がりなのにこんなことさせて申し訳ないけど…腰が抜けちゃってまともに歩けそうにないからありがたい。 「……ねぇ爽……」 「ん?」 「重く…ない?」 「重いわけねーだろ…お前今何キロ?ちょっと軽すぎるって……もっとちゃんと食えよ」 「……俺……爽より食べること忘れちゃった?」 「…あ、そっか……!じゃあ代謝良すぎんだな」 どーせ俺は、縦にも横にも大きくなれないですよ。俺だって、爽みたいなかっこいい身体になれるならなりたいよ。だけど、どんなに栄養のある食事を大量に摂取しても身体に変化は一切無し。大食いなのに太らないのは羨ましがられることも多いけど、チビだし細いのにすごい食べるからいつも周りの人にギョッとされるんだよね。 あ、でも…爽はいつも笑顔で見守ってくれるけどね? 爽は俺をおんぶしてゆっくりマンションへ歩く。マンションの前に着くと、わざわざ駐車場横の裏口に移動してから中に入る。たぶん、正面から入るとコンシェルジュさんに見られるから、それを俺が嫌がると思ったんだと思う。何も言わなくてもそうやって俺のこと考えてくれるあたり、爽ってほんっとに優しいよね。人として完璧すぎ。 部屋に着くと、爽は俺の靴を脱がせようと玄関前でしゃがみ込んだ。まさかここまでしてくれるとは思っていなくて、俺は盛大に焦る。 「ちょ…、爽…!そこまでしなくても…!!」 「いーから……やらせてくれよ」 「えっ?」 「昨日は散々、あきにお世話になったんだから…今日は俺にお世話させて?」 「ええっ…、そんな…でもっ」 「あーき…!頼むよ……な、お願い」 「…あの……は、はい…」 フワッと優しく笑った爽に、昨日の夜中の出来事がフラッシュバックして…急に恥ずかしくなる。 ヤバい、爽が覚えてないんだから…忘れろってば…! 靴を脱がし終えると、爽は俺をお姫様抱っこでリビングに移動させる。さすがにこれは…、と言おうとすると"誰も見てねぇだろ?"と悪戯っぽく微笑まれて、何も言えなくなった。 いや、俺が見てるんですけど…!! 爽は俺をリビングのソファに降ろすと、自分も隣に座って俺の前髪を横に分ける。 "なに…?"と呟く前に優しく額にキスされて、それを皮切りに顔中にキスを落とされた。 「ひゃっ…!え、な、なにっ!?」 「んー…慰め…と、」 「と?」 「おしおき」 「へ!?」 爽の長い指で顔を掴まれて、全く動けない。 それどころか、呼吸すらままならない。 なに、これ…… なんの、おしおき…? 「一昨日…無言電話の件で俺が警察行こうって言ったのにお前が行きたくないって言って…で、結局こうなったろ?」 「あ……」 「強情だったお前も、押し切らなかった俺も…どっちも悪いけど……」 「……?」 「死ぬほど心配したから……おしおき、させて」 「……へ、」 返事をする間もなくソファに押し倒されて上から見下ろされ、真剣な瞳に射抜かれる。 「あき……、」 「……っ」 近距離で爽と視線が交わった瞬間、雷に打たれたような感覚が身体に走る。 ああ……、俺、 ずっと、気付かないふりしてた 俺、本当に、 爽に恋してしまった 本当は結構前から、そうなんじゃないか…そうだったらどうしよう…と心のどこかで感じていた。 それを…… 見ないふりして、気付かないふりして、 全部無かったことにしようとした。 だって、 いくら親に同居を強制されたからって、心までどうにか出来るはずなんてない。 爽にとって、俺はどこまでいってもずっと弟で……しかも、おそらく彼には………もう好きな人がいる。 なのに、こんな気持ち…一緒に生活する上で邪魔でしかない。 好きになっちゃいけない。 好きになっちゃ…ダメなのに。 「あき」 もう一度爽に名前を呼ばれ、身体が痺れる。 澄んだ色の瞳で見つめられて、心がドロドロに溶け出していくみたい。 もう、 手遅れだ……… 俺はもう……、この人に 完全に落ちた …To be continued.

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