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トドメを刺してと君は言う【後編】 4

マンションに帰ってきて、ロビーに入るといつもの笑顔がこちらを見た。 「山川さん!お疲れ様です!」 「…おかえりなさいませ、日下部様」 コンシェルジュの山川さんはいつも通り背筋がピンと伸びていて、実に紳士的な雰囲気だ。最近は特に、俺が帰る時間に出勤が被ってるみたいで毎日会ってるかも。 …下手したら爽より話してる日もあるくらいだ。 「今日はいつもより大荷物ですね?特別なディナーか何かですか?」 「ああ、いえ…別に何もないんですけど…今日もひとりで夜ご飯なんで…たまには時間かけてなんか作ろうかなって……いつもひとりだと、適当になっちゃうから…」 「そうでしたか………今日も樋口様はお帰りが遅いんでしょうか?」 「あー…たぶん……夕飯いらないって言われちゃったんで」 山川さんには爽とのことは話してないけど、俺たちの間に何かあったことは勘付いているようだ。というか…あれだけ仲良かったのに、こんなことになれば…雰囲気で誰だって気付く。俺たちは…1ヶ月前までは休みの日もいつも一緒にいたから。 「……なるほど……、あ!」 「え?」 「こちら、お預かりしておりました」 「……え?」 山川さんが差し出した箱を見ると、赤とピンクのかわいい包装紙に"暁人へ"とカードがついている。 差出人の欄には、"樋口 爽"の文字。 「えっ…!?コレ……爽からですか!?」 「……ハイ、樋口様からです」 「なんだろう……お菓子?」 「チョコレートのようですよ…?包装紙から察するに、一流のお店のものですね」 「へぇ…」 今日はなんの記念日でも無いはずだけど…、でも…爽から贈り物なんて初めてだ。めちゃくちゃ嬉しい。 「ナマモノですから、お早めにお召し上がりになった方がいいかもしれませんね」 「…はい!帰ったらすぐ開けてみます!…うわぁ…すっごく嬉しい…」 「……ふふっ、日下部様って本当にかわいらしいですね……」 「え!?そ、そうですか…?」 「はい」 山川さんに褒められて、爽に当たり前のようにかわいいと言ってもらえていた頃を思い出す。 …コレって、爽なりに俺のこと考えてくれてるって思っていいのかな。 もしかしたら………、またあの頃みたいな関係に戻れるかもしれない………! 部屋に帰ってきて手を洗うと、スーパーの袋から食材を冷蔵庫に移す。 早く爽からの贈り物を開封したくて仕方がない。はやる気持ちが抑えきれず、何度も手が滑ってしまった。落ち着かなきゃ。 やっとやる事を全て終えて、リビングのソファに腰掛ける。目の前のテーブルに爽からの贈り物を置いて、数秒待った後…ついに耐えきれなくなってソファに倒れ込む。顔を手で覆ってジタバタとひとしきりソファで転がりまくる。 嬉しすぎて、死んじゃいそうっ!!!!! 箱についていたカードを抜き、"暁人へ"と書かれた文字を見てニヤけてしまう。爽が俺のために贈り物なんて…嘘みたい。幸せすぎる。 だけど……ちょっとだけ違和感。 なんだかものすごく他人行儀だ。爽ならたぶん…"あきへ"って書くはず。文字も爽のものじゃない。 …お店の人に頼んで書いてもらったのかな? 「…ま、いっか」 俺は丁寧に包装紙を開け、中身を取り出す。開けてみて改めて驚いた。山川さんの言う通り…めちゃくちゃ高そう。 色とりどりのコーティングが施された美しいフォルムは、チョコレートというよりまるで…宝石のよう。 「ヤバい……綺麗すぎる……」 思わず食べるのを躊躇してしまいそうなほどの輝きだ。だけど、爽が俺のために選んでくれたんだ……食べないわけないにはいかない。 ドキドキしながらひとつを口に放り込むと、予想していた3倍は甘い。中にトロッと液体が入っていて、なんだか不思議な味だ。 ……これ、お酒かなぁ? 美味しくないわけじゃないけど、ちょっと期待していた味と違った。俺、庶民舌だからなぁ…スーパーの板チョコの方が好みかも。 でも、爽がせっかく買ってくれたんだから、もちろん全部食べます!! 俺はウキウキでキッチンに行って、ブラックコーヒーを入れて戻る。このチョコレートかなり甘いから、コーヒーとの相性は良さそうだ。 コーヒーを飲みながら、チョコレートを食べるって……夕飯前に背徳感の強すぎるコンボだな。 …なんて考えながらソファに沈んで、はぁ…と大きなため息をつく。 今日は夜ご飯……爽と一緒に食べたかったな。 要のことも……話したかったし。 要と爽が再従兄弟だなんて全く知らなかった。要には爽のことたくさん話してたのに名前を言い忘れてたし…爽には要のこと話す機会なかったから……まぁ、当然なんだけど。爽と以前の関係のままだったらたぶん、すぐに要のことも話してたろうし…気付いてたはずなのにね。 なんだか、改めて悲しい。 俺、どうして爽に嫌われちゃったんだろ…… チョコレートをほとんど食べ終わった頃、なんだか顔がほてっていることに気付いた。 お酒が入ったチョコレートだったから…? 「あ……れ、なに……これ…」 なんだか眩暈もする。 顔が熱い。チョコレートに入ったお酒くらいで…こんなことになるだろうか…? 俺は未成年だから、飲酒自体経験ないけど…お菓子に入れるお酒なら、アルコール耐性のない未成年が口にすることも考慮されているはずだ。 ………絶対おかしい… 立ち上がろうとして、足がもつれてそのまま床に倒れ込む。 床に自分の黒髪が散らばっているのをジッと眺めながら、どんどん現実味が失せていく。ぐにゃぐにゃと視界が歪み、自分の身体が、自分のものじゃないみたいな…不思議な感覚。 顔だけだった熱が一気に全身に広がっていく。 え……? ちょっと待って……… 嘘……俺、……勃ってる……? 「……っん…………な、んで…?」 触ってもいないのに、性器の先からこぼれ落ちた雫がパンツに染みを作り、身体に張り付いているのを感じる。 あまりの異常事態に、思考が停止しかける。 身体が熱い、 苦しい、 射精…、したい。 右手が下半身に向かうのに、身体が痺れてファスナーを下ろすことすらできない。解放されることのない熱が身体中に渦巻いて、ゾクゾクと快感が駆け抜ける。俺は身体を捩って快感を受け流しながら、ハァハァと荒い息を吐く。無意識に床に下半身を擦り付けてしまい、その浅ましさに涙がこぼれる。 こんな恥ずかしいこと、したくないのにっ… 遠くで、ガチャン…と鍵の開く音がする。 なんで……!?今日、遅いはずじゃ…… 歪んだ視界の中で、いよいよ絶望感が一気に押し寄せる。 最悪だ……! こんな所…爽には絶対見られたくない!!! 俺は痺れた身体を引きずって必死に床を這ってソファの影に逃げ込む。見つからないように声を潜め、自分の身体をギュッと抱き込んだ。 お願い…!!こっちにこないで…!!

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