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トドメを刺してと君は言う【後日談編】1
物心ついた時から、自分が周りの人とは少し違うことを自覚していた。
幼少期は身体が弱かったけれど、それでも勉強もスポーツも周りにいた誰よりもよく出来たし、飲み込みも早くて要領が良かった。その上、たまたま生まれた家も裕福だったし、容姿も人から好まれる。
だから、俺の周りの人間は決まって同じことを言っていた。
"爽くんは特別だから"
当時はそう言われることが嬉しかったし、誇りだった。
だけど、いつしか気付いてしまった。この言葉は俺自身ではなく、"樋口"という家に向けられた言葉だと。
それを自覚してから、この言葉は俺にとって消えてくれない呪いのようになってしまった。
自分の生まれた家や、両親に恨みがあるわけじゃない。それでも、何をしてもひとりの人間として見てもらえないことは、まだ子供の俺にとってとんでもない枷だった。家の財産や、俺の見た目しか興味のない周りの人間に嫌気が差して内心やさぐれまくっていたのに、非行に走らなかった事だけは自分で自分を褒めてやりたい。
そんな俺に転機が訪れたのは14歳…中学2年の時だ。
俺は、生まれて初めての淡い恋を経験した。
相手は、日下部 暁人。親同士の仲が良くて、生まれた時から弟の様に可愛がっていた歳の離れた小さな男の子だ。
たぶん、あきは覚えてないだろうけど…その当時あきは俺を何度も慰めてくれたことがあった。慰めるって言っても、寄り添って隣でニコニコ笑ってくれていただけだけど。それでも…当時の俺にとっちゃ、とても特別な時間だった。
あきは、なんのメリットも無しに俺のことを見てくれる。笑ってくれる。
誰も信じられなくなっていた俺からしたら、小さな恋心が芽生えるには、十分な状況だった。
火が灯った瞬間は、淡くぼんやりとした火種だったはずなのに、時が経つにつれて俺のあきへの想いはどんどん重く、熱いものに姿を変えた。
今でこそ胸を張ってあきのことが好きだと言える様になったけど、9つ年下の男の子を好きになってしまったことへの葛藤は…まだ子供だった俺には相当なものだった。
自分の性的嗜好が信じられなくて、気持ちを自覚して以降何年もあき以外を好きになろうと努力した。
色んな女の子と付き合って、セックスして…
だけど、結局……俺が恋焦がれたのは後にも先にも日下部 暁人ただ1人。
男同士だとか…年齢差とか…そんなこと考えたって最初から無駄だった。俺があきを思う気持ちは、もはや理屈じゃない。
そう悟ってから、俺はようやく自分の気持ちに白旗をあげ…生涯、あきだけを愛そうと決めた。
そんな好きで好きでたまらなかった初恋の相手が、まさか本当に恋人になるなんて…………
14歳の俺が知ったら、卒倒してしまいそうだな。
「爽…?どうしたの…?」
隣でこの世のものとは思えない天使の様な美少年が、俺を見上げる。大きな瞳には俺だけが映っていて、それだけでとんでもない優越感に支配された。
まだ一度も染めたことのないであろう艶々の黒髪に、透き通るような真っ白い肌。バサバサのまつ毛に縁取られたくっきり二重の目と、血色のいいピンクの唇。小さくて華奢なのにガリガリって訳じゃない。触るとムニッと柔らかくて、特に腰回りは程よい肉付きでめちゃくちゃエロい。ボディラインを見ただけで、抱き心地がいいことがわかってしまうほどだ。おまけに、大きな瞳の斜め下には愛らしい顔立ちをなぜかちょっとセクシーに見せてくれる泣きぼくろがある。
まさに、パーフェクト。非の打ち所がない。
これが、現在の日下部 暁人…18歳。
見た目も中身も100点満点の…目に入れても痛くないほど愛おしい、俺の恋人だ。
「いやぁ……あき、美人になりすぎだよな…」
「はい…?何の話?」
「顔でお前のこと好きになった訳じゃないけど……ここまで美少年になるなんて聞いてねぇって話……」
「……?爽は俺の顔嫌ってこと?」
「なんでだよっ!最高に好きに決まってるだろーが!むしろかわいすぎて心配なんだよ!!!」
声を荒げる俺を見て、あきはクスクス笑い出す。
「あははっ…!爽、大袈裟すぎない?」
「大袈裟じゃねぇよ!!!ナンパされまくったり、ストーカーに追いかけられたり、あまつさえ薬盛られたり…!!俺マジで心配で死にそう…!なんでそんなかわいく育っちゃったんだよ…もうちょっと抑えろよ…!!!」
「……なにを?」
「美貌を!!」
「やっぱ大袈裟じゃん!!」
コイツ……ぜんっぜんわかってねぇ……
ド天然だとは思ってたけど、あきは自分の顔に関して興味なさすぎなんだよな。むしろ、ちょっとコンプレックスらしいし。こんなかわいいのに、どこが嫌なのか俺には全く意味不明だ。
だけど、綺麗すぎて引き寄せなくてもいい害虫まで引き寄せてしまうのは……かなり問題。これからも山川みたいなストーカー野郎にあきが狙われるかもしれないと思ったら、正直彼氏としては気が気じゃない。
これはストーカー事件の後警察の人に聞いた話だけど、コンシェルジュの山川は俺たちが入居した時からずっとあきのことを狙っていたらしい。結局何事もなくて良かったけど、もし少しでも色んなタイミングがズレていたら取り返しのつかないことになっていた。あきが無事で、本当に良かった。もしあきに何かあったら、俺は本当に人を殺めていたかもしれない。
……まぁぶっちゃけ、今までしてきたことで十分あの男を殺してやりてーけど。
要の家からあきが戻ってきた後は、マンションを引っ越すかどうかかなり迷った。でも、あきは絶対ここがいいって言うし、マンション側からも丁寧な謝罪がありセキュリティも強化されたし、その上コンシェルジュは全員女性になったから…結局引っ越すのはやめた。俺としては苦渋の決断だったけど…まぁ仕方ない。俺の天使がこの家じゃなきゃ嫌だって言うんだから。恋人が駄々をこねた時、潔く折れてやるのがいい男ってもんだ。
けど、今後は今まで以上にあきのことちゃんと見といてやらないとな。要にも、『あの天然お姫様がまた危ない目にあったら全部お前のせい、次は殺す』ってとんでもねぇ物騒な釘刺されたし。言われなくったって、これからは…一生俺があきのこと守るっつの。
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