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この先プラトニックにつき【相談編】4
すぐに大学の最寄駅に向かい、電車に飛び乗る。
バイト先は俺と爽の住むマンションのすぐ近くだから、帰り道は普段とほとんど同じ。車窓から外を眺め、見慣れた景色が流れていくのを見送る。
大学に入学して5ヶ月経った。相変わらず友達は要しかいないけど、それなりに楽しく過ごせているとは思う。大学に通ってみて分かったのは、1年生は案外暇を持て余すという事。夏休みは特にだ。俺はサークルにも入ってないし、家のこと以外には日常で特にやることもなくて…ならバイトでもしようかなって思ったんだよね。爽と一緒に暮らしていると、家賃はいらないし生活費も結構爽が出してくれちゃったりするから…正直親からの仕送りだけでお金は十分足りる。それでもやっぱり、俺もちゃんとバイトして爽に頼りっきりにならないようにしたかった。それを爽に相談したら、バイト先を紹介してくれたって訳。
電車を降りて徒歩5分。今日はちょっと小走りだから…3分で着きそう。
前方に見えてきたかわいらしいお店を見て笑みが溢れる。ここで働き始めてまだ3週間。でも、もうすでにここは俺にとって癒しの場所になっている。
なんせ店長さんが、とんでもなくいい人だから!
カランカラン…
「いらっしゃ……あ、あきちゃん!」
「楓さんっ!おはよーございますっ!」
「ふふっ…あきちゃん今日も元気だねぇ…!」
「えへへ~!俺楓さんの顔見たらめっちゃ元気出る!」
「あはっ、俺もだよぉ~!…ほら、早く着替えておいで?」
「うんっ!」
ふわふわとした優しい笑顔に促され、バックヤードに向かう。
俺のバイト先は、オープンしたばかりの個人経営の小さな本屋さん。
店長である清水 楓(しみず かえで)さんは爽の大学時代からの友人らしい。楓さんは優しくて、おっとりしてて、かわいくて、綺麗で、最高に素敵な人だ。しかも、コーヒーを淹れるのがめちゃくちゃうまい。
店内には新刊とかはあんまりなくて、楓さんの好みの本だけが店頭に並ぶバリバリに趣味全開のお店だ。お店の内装にも楓さんのセンスが光る。建物自体が優しい木の温もり溢れる木造建築で、フランスから直接買い付けたアンティーク調の家具との相性は抜群。最っ高にかわいい。お店の奥には、小さなカフェが併設されていて、ドリンクと楓さんの手作りお菓子を楽しみながらゆっくり本が選べるようになっている。最高でしょ?
今はオープンしたてで俺しかバイトがいないから、結構忙しい。それでも、優しい店長と一緒に最高にかわいいお店で働けて…めちゃくちゃ幸せ。紹介してくれた爽に感謝しなきゃ!
俺は急いで制服に着替えて、エプロンを腰に巻く。制服って言っても白のワイシャツに、黒のパンツ、それに腰巻きの黒のエプロンっていうシンプルなスタイルだ。お洋服大好きな俺としては…ちょっと物足りない。まだオープンしたてだし、ここは改善の余地ありかも。今度、将来有望な美人デザイナーにでも相談してみようかな。
着替えを終えてお店に出ると、楓さんがコーヒーを淹れている。めちゃくちゃいい香りだ。爽のおかげですっかり紅茶好きになったけど、やっぱりコーヒーもいいなぁ。どっちも大好き。
真剣な顔でハンドドリップをしている楓さんの横顔を見つめる。うん…やっぱりかわいい。楓さんが爽や恭ちゃんと同い年なんて信じられない。めちゃくちゃ若く見える。背はたぶん180cmないくらいで、サラサラストレートのロングヘアを後ろで結んでいる。日によってポニーテールだったり、三つ編みだったり…今日は緩くまとめてるみたい。大きな瞳は若干タレ気味で、愛らしい童顔をさらに幼く見せている。俺を見るといつもニコッと笑ってくれて、もう、それだけでめちゃくちゃ幸せな気持ちになる。こんなに癒される人に出会ったのは初めてだ。
「んー?あきちゃんどうしたのー?」
「えっ?なにが?」
「その…ずっと俺のこと見てるでしょ…?俺顔になんかついてる?」
「ううん!楓さんのこと大好きだからいっぱい見たくなっちゃうだけぇ~!」
「えー?なにそれぇ?あきちゃんってほんと……かわいいが止まらないね?」
「それ、楓さんが言うの?」
俺たちは顔を見合わせて笑う。
なーんか、楓さんとはめちゃくちゃ波長が合うんだよね。はぁ…一緒の空間にいれるだけで幸せ~!
見た目からは想像つかないんだけど、楓さんって元々は大学の研究員だったらしいの。薬学部で国内外の色んな薬の研究してたみたいで…すごい優秀だったって爽が言ってた。
俺がストーカーに薬を盛られた時、爽が匂いだけで対処法を言い当てたのがずっと不思議だったんだけど…楓さんの影響だったんだと後になって知った。数年前に楓さんから海外で流行ってる危険なデートレイプドラッグの話を聞いたことがあったらしい。他愛無い会話の中でのやりとりだったらしいけど、そんなのよく覚えてるよね…爽も。さすが、頭いい人は記憶力もいい。
カランカラン…
ボーッと考え込んでいたけど、お店のドアが開く音がして現実に引き戻された。
「あ、お客さんだ!」
「あきちゃんお願いできる?」
「うんっ!もちろん!いってきまーす!」
「ふふっ…はぁい」
ニコニコ笑う楓さんに送り出されて、カフェスペースを出て本の売り場に行く。
すると、見慣れた顔がこちらを見た。
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