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この先プラトニックにつき【準備編】2
「要……?」
「んー?」
「そろそろ教えてよ…」
「……え?」
「……なんか、話があるんでしょ?」
コーヒーを飲みつつ、サラサラとデザイン画を描き進めていた手を止めて、要は俺を見た。
瞳が、揺れている。
どうやら図星みたい。
「………なんだよ、暁人……いつからそんな鋭くなったんだよ…」
「あははっ!えー?なにそれ?俺そんな鈍いー?」
「…自分のことには超鈍いだろお前……」
「もー、要までそれ言うのー?けどまぁ…俺、要の変化にはすぐ気付く自信あるよ?」
「………なんでだよ」
「んー…親友の勘?」
「…非科学的だな」
「当たってるくせに~」
「チッ……当たってるよ」
唇を突き出して不貞腐れた顔をする要に、笑いが込み上げる。ほんと、かわいいんだから。
さてさて……
ちゃんと聞いてあげましょうか。
って言っても…要にこんな顔させる相手なんて、俺の知る限り1人しかいないんだけどね?
「恭ちゃんになんか言われた?」
「……そこまでわかってんのかよ」
「ふふっ……で、どうしたの?」
要のコーヒーカップにおかわりを注ぎながら質問すると、いつも自信満々の要には似つかわしくない、大きなため息が耳に届いた。
「………告られた」
「…………え?」
「だから……、告白された…恭介に」
「………はぁ」
「なんだよその反応」
「……いや、だって………恭ちゃんが要に告白してるのなんて俺何回も見てるし…なんなら出会った日に求婚されてたじゃん」
「ちげぇよ……!そういうのじゃなくて……、その、マジのやつ」
頭を抱えながら赤くなる親友に、こっちまでドキドキしてしまう。
…そっか。
恭ちゃん……本気で伝えたんだ。
よかった…きっとこれで、俺の大好きな2人が…同時に幸せになれる。
そう思ったのに、
当の本人は浮かない顔をしているようだ。
……え、なんで?
「あの……要は何を悩んでるの?」
「………」
「付き合ったんでしょ?」
「………いや…」
「えっ!!!?断ったの!!!?なんで!!?」
「………なんでって………最初から、付き合うつもりなんて…なかったし」
「はぁ!!?」
あまりにも酷なセリフに、俺は手を止めて要の顔を覗き込む。
……そんな、嘘でしょ…!?
「恭ちゃんのこと……好きじゃないの……?」
「………っそれは…」
「要っ……恭ちゃんから過去の話聞いたんでしょ!?」
「…聞いた……暁人に聞けって言われたから…ちゃんと…聞いたよ全部」
「ならなんで…!」
「無理………なんだよ、俺が」
「………え?」
いよいよ目を伏せて泣きそうな顔をする要に、俺ももらい泣きしそうになる。
てっきり、2人の恋は順調にいくと思ってたのに…!
「……好きとか嫌いとか……そんなこと、俺に考える資格ないんだ…」
「…どういうこと……?」
「………前、話したろ?俺…トラウマがあるんだ……だから、恭介がどうとかじゃなくて…誰とも付き合えないんだよ……」
「そんな……」
要が"トラウマ"って言うくらいだから、きっと簡単に聞いちゃいけないくらいのことがあったんだろうな…とは思っていたけど……
ここまで重症だったなんて……
「……アイツにも申し訳ないことした……中途半端に気持たせるようなことして…傷付けた…」
「要……」
「もう、恭介とは会わないことにした………だから、暁人にももしかしたら気を遣わせる瞬間があるかも……ごめんな?」
「……っ」
俺はそっと要の手を取って、ギュッと握る。
ねぇ……
一体、何が要をこんなに苦しめるの…?
こんな顔、誰がさせるの…?
なんで……要が幸せになるのを邪魔するの…?
「本当に、いいの?」
「……」
「恭ちゃんは……他の人とは違うよ?要だって、気付いてるんでしょ?」
「……」
「要のことを理解できるのは、恭ちゃんしかいないって…俺ですらそう感じてた……要もそう思ったから、恭ちゃんの近くにいたんじゃ無いの?」
「……………だから、お前いつからそんな鋭くなっちゃったんだよ……」
苦しそうに笑う要に、胸がズキズキと痛む。
自分のこと以外で、こんな苦しい気持ちになるなんて……
そっか……
これが、"友達"………
本当に、得難いものなんだね。
「要」
「………」
「"何があっても、俺だけは一生要の味方でいるから"……だから、大丈夫だよ」
「……!それ……」
「……うん………俺が爽と離れようとしてた時、要が言ってくれたんだよ?」
「……暁人……」
「傷付くこと、怖がらないで……大丈夫…要には、俺がいる………ちょっと…頼りないかもしれないけど」
俺がニコリと笑いかけると、要の目からポタッと一粒雫がこぼれ落ちた。
俺……要が泣いてるの……初めてみた……
こんな綺麗な涙流す人が…幸せになれないなんて……そんなこと、あっちゃいけない。
「……暁人、ありがと」
「こちらこそ…!俺がこれまでどれだけ要に助けてもらったと思う?人生全部かけたって、要に恩返しなんてもう無理だよ!」
「……ブハッ……!何だソレ」
「えへへっ…だから、これからもずっと仲良しでいてね」
カウンターから出て、椅子に座る親友の頭をギュッと抱きしめる。
相変わらず、いい匂いすぎるってば…!
「……やっぱ、俺……」
「ん?」
「……お前のこと爽にやるの惜しくなってきたわ…」
「へ!?」
「奪い取ろうかな……」
「あははっ!!やめてよ!爽じゃ絶対要に勝てないじゃん!物理的に!」
「ははっ…!たぶん一撃だな」
改めて要の顔を見ると、少しだけ吹っ切れたように見えた。
きっと、大丈夫。
要にどんなトラウマがあったって……恭ちゃんなら、乗り越える力をくれるよ。絶対。
「…元気出た?」
「……ん、やっぱ…暁人に会いに来てよかった」
「ふふっ」
「もう少し…考えてみるな」
「…うん」
「2人とも~!そろそろ開店するけど………って、アレ?………ラブラブ中?」
要を抱きしめているところを楓さんにバッチリ見られてしまって、俺が慌てて離れようとすると要に引き止められた。
「そうでーすラブラブでーす」
「ちょ、要っ…!」
「アハハッ!2人はほんとに仲良しなんだね?なーんか、これ見たら樋口めちゃくちゃ怒りそ~」
「怒らせときゃいいよ…あんなドスケベ」
「うわ、言うねぇかなちゃん!」
「血縁なんで、遠慮はしない」
「そっかぁ~…やっぱかなちゃん素敵だなぁ…俺ますます気に入っちゃった!」
「楓さんっ、要を調子に乗らせないで~!」
なんとか要から離れてカウンターに戻る。
全く、この自由奔放コンビ…これ以上仲良くなったら絶対俺の手に負えなそう……
いや…既に手遅れなのかも…?
お店が開店してからも、要はカウンターの端っこでデザイン画を描き続けていて…その横顔は、完全に職人の"それ"だった。
要は見た目通り、とても聡い人だから……
きっと、最善を導き出せるはず。
だから、大丈夫。
……そう、安心してしまったのがいけなかった。
いつも通りお店が混み始めて、俺も楓さんも他のお客様の対応に気を取られ、
要の異変に、気付かなかった。
いや、気が付けなかった。
だって、知らなかったんだ…………
結城 要の"弱点"を。
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