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シルクハニーの死にたい理由【前編】7
「………ここ?」
「うん…、あ…車のキー返しとくね?」
「………お前マジかよ、すげぇ有名な店じゃん」
「あれ…知ってた?」
「名前だけ……」
白をベースにした一軒家タイプのフレンチレストランを目の前に、呆然と立ち尽くすかなはいつになく瞳が揺れている。
これは……マジで喜んでるな…?
アンティークのお洒落な照明が立ち並ぶ石レンガの道の先には、重厚感あふれる取っ手の付いた真っ白な扉が見える。めちゃくちゃ高級店って訳じゃないけど、芸能人もお忍びで利用するような評判のいいお店だ。
ここだけ時間の流れがゆっくりになったみたい。そんな錯覚さえ覚えるほど静かで落ち着いた佇まいは……正直、想像以上。
口を開けてお店を傍観するかなの手を取って、そのままドアまでエスコートする。
いきなり手を握ったことを咎められるかと思ったけど……どうやらそこは許されたらしい。
抱きしめるまではまだ遠いけど……かなが俺を少しずつ許容していってくれているのを肌で感じて、嬉しくてたまらなくなった。
ドアを開けると、受付の男性スタッフに予約の名前を伝え、すぐに個室に通された。
片側が全面ガラス張りの部屋で、外にはモダンなデザインの緑あふれる美しい庭が広がっている。部屋の中央にはシンプルな白いクロスがかかった小さめのテーブルに、椅子が2脚だけ置かれている。めちゃくちゃ贅沢な空間の使い方だ。テーブルに飾られた3本の真っ赤な薔薇が、目の前の美人にあまりにも似合っていて……
改めて、こんな綺麗な人をディナーに誘い出した自分を褒めてやりたくなった。
かなは席に着くまでずっと無言で、何か考え事をしているようだった。大体察しがついてしまって、俺も黙り込む。
コースの説明を終えたスタッフが個室から出て行った瞬間、かなは俺を見て少し困った顔をした。
「………お前さ……」
「ん、なぁに…?」
「この店接待で使ったなんて嘘だろ?」
「……あー……やっぱバレたぁ?ふふっ…うん、初めて来た」
「…だって、接待で使うような店じゃねーもん……」
「いやー…あれはかなを外に連れ出す口実だったから」
「なんでわざわざそんな嘘……」
「…まぁ、それは後でいいじゃん!とりあえずご飯食べよ?てかワインは?どれにする?」
俺がワインリストを手渡すと、かなは難色を示しつつも大人しく目を通してくれた。
すぐにソムリエを呼んでワインを決めると、かなはここ数日で一番の上機嫌に早変わり。
その後運ばれてきた料理は前評判通りどれも美しく、味も抜群だった。大好きなワインを飲みながら幸せそうに「美味しい!」と繰り返すかなは死ぬほどかわいくて…抱きしめたくて抱きしめたくて仕方なかった。
この笑顔のためなら、俺本当に……なんでも出来る。
気付いた時には、かなは片手で数えられないくらいグラスを開けていたけれど、1ミリも酔った様子はない。
出会ってから何度もかなの家で一緒に飲んだけど、俺はまだ一度もかなが酔っ払った姿を見たことがない。かなは、俺が見た中でも随一の……アニメキャラかってくらいのヘビードランカーだ。
この美貌と性格で、その上ザルなんて……神様はかなを一体どうしたいんだって思っちゃう。俺みたいな男に付け入る隙なんて、決して与えてくれないんだもんな。
まぁ、お酒を飲んでも変わらないのは危ない目に遭う確率が下がって喜ばしいことではあるけどね?
俺がそうやって考えている間にも、また1杯グラスワインが運ばれてきた。
やっぱりかなのワイン好きは筋金入りのようだ。
まだ未成年の暁人とはお酒を飲みに行けないし、悪い影響があったら嫌だからとワインの話自体徹底的に避けてるみたいだから…これは暁人の知らない結城 要なんだよな……。
優越感に浸りたい気持ちもあるけど……大好きなワインの話題を避けるほど、かなに大切にされてる暁人がめちゃくちゃ羨ましい。
まぁ……可愛がりたくなる気持ちはわかるけどな……
「………暁人は……かわいいもんなぁ…」
思わず口から溢れた心の声に驚いて、バッと手で口元を抑えたけれど……
時すでに遅し。
上機嫌でワインを飲んで料理を食べていたかなは、ピシッと固まって俺を見る。
「………え、」
「あ……あの…!」
「……いきなり、だな」
「ち、違うよ!!?誤解しないでよかな!!!」
「………別に、俺…なんも言ってねーじゃん…」
「違うんだって!!!つい、口から出ちゃって…!!!」
「そんな焦ることか?」
「だって…!!!」
「………暁人は、マジでかわいいから…お前は間違ってない」
悲しそうな瞳で俺を見たかなに、キュッと喉の奥が締まるような感覚がした。
俺はかながこんなに好きなのに………
どうして、
「違うよ………かな」
「……なにが?」
「暁人は確かにかわいいけど……俺には、かなが世界一かわいく見えるよ?」
「………」
「俺……かなに心の底からかわいがられてる……誰から見たってかわいい暁人が……羨ましくて……それで……ごめん、さっきのは口に出すつもりじゃなかった」
俯いたかなは少し考え込んだ後、まっすぐ俺を見て口を開いた。
「……別に、謝ることじゃねぇって………俺とお前は、何でもないんだから」
「…………え」
「お前が誰をかわいいって言ったって、俺には関係ない」
突き放すような言い方に驚いて、俺は持っていたナイフとフォークをテーブルに置いた。
こんなに冷静なトーンでかなから拒絶を口にされたのは、多分……初めてだ。
ドクンドクン…とうるさいくらいはっきりと、自分の胸の鼓動を感じる。
そっか………
俺、傷ついてるんだ……
「………関係………ないの……?」
「………」
「………俺は、かなにとって……ちょっとも特別じゃないの……?」
「………いや、」
「……毎日会ってくれて、家に入れてくれて、こうやって一緒に食事もしてくれて………これって、かなにとっては普通のこと……?」
「………それは…」
「俺、自惚れてただけ……?」
普段じゃあり得ないような真面目なトーンで話す俺に、かなは困ったように目を泳がせる。
本当は食事を済ませた後……もっと、甘い雰囲気の中で……言いたかったのにな。
だけどこれはもう、
今言うしかない。
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