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シルクハニーの死にたい理由【後編】7
数時間後、やっと恭介が大人しくなり、俺はようやく携帯と睨めっこを始めた。
画面には、【日下部 暁人】の文字。
暁人と電話なんて腐るほどしてきたし、親友相手に緊張もクソもないはずなんだけど…………
まさか彼氏が出来た報告電話がこんなに恥ずかしいなんて……想像すらしていなかった。
なら電話しなきゃいいだけの話なのかもしれないけど……恭介曰く、今日俺が暁人のバイト先から出て行く時…あいつ死ぬほど心配してくれてたみたいだから……早く安心させてあげなきゃいけない。
それに、後で連絡するって恭介が暁人に言ったらしいから………
ここはやっぱ、心配かけた張本人であり、親友の俺が直々に連絡するのが筋だろう。
「かなぁ……すっごい百面相だよ?」
「………うるせぇなぁ……今気合い入れてんだよっ……」
「…ぶふっ…!かなも爽も……普段めちゃくちゃ自信満々なのに暁人には全然頭上がんなくてウケる」
「………だって暁人だぞっ……?お前だってアイツのことかわいいって言ってただろーが!誰だって暁人を知ったらかわいくてかわいくて大好きが止まらなくなんだよっ!!!」
「うーわ……わかってたけど…改めて溺愛っぷりエグいね」
恭介はなんだか感心した顔をしている。
なんでだ。
「それでよく爽との交際許したよねぇ…かな」
「…………まーな……ってか、俺がくっつけたみたいなもんだし?」
「あ、そうだったね……やっぱ、かなにとっては爽も大切な再従兄弟だから…交際許したの?」
「うーん…………いや、単純に暁人の悲しそうな顔…見んのが嫌だっただけかな………」
そりゃ、爽のことも昔から大好きだったけど……暁人を泣かせた時点で交際にはぶっちゃけ反対だった。
でも自分の気持ちよりも、暁人がどうしたら幸せになれるかってことの方が俺には大事だったから………
だから、手助けしたんだよな。
「俺ね、暁人のこと話す時のかなが好き」
「………え?」
「暁人のこと話す時のかなってね…すっごく優しい目してるんだよ……知ってた?…思わず、嫉妬しそうになるくらい」
「…………え、お前暁人にまで嫉妬すんの?」
「んー………まぁ正直言うと、暁人にはしないけど………その他大勢にはめちゃくちゃするかな!」
「………お前すっげぇ嫉妬深そうだもんな……」
「うんっ!俺、死ぬほど一途だから覚悟しといてねっ!」
普段明るくて太陽みたいな恭介の目に、一瞬どす黒い物が見えて思わず二度見してしまった。
俺も嫉妬に関しては大概だけど……恭介って俺以上に嫉妬深そうだから……
自分のためにも勘違いさせそうなことは避けなきゃだなぁ……
「あ、ほらかな~!早く電話かけてあげたら?暁人きっとすごく心配してるよ?」
「う、うん……っ」
「そんな緊張しなくってもぉ~一言で終わるよ?」
「…え……それって…"付き合った"だけ言うってことか?あんだけ心配させたのに………それってかなり味気なくね?」
「ううん!もっといいのがある!」
「え、なに?」
「"結城 要から…和倉 要になりました!!以後よろしくっ!!!"これでどう!?センス良く且つ簡潔な上、幸せが全面に伝わる仕様ですっ!!!!俺てんさーいっ!!!!」
「………お前に聞いた俺が馬鹿だった」
あまりにもしょうもない提案に、一気に身体の力が抜けた。
俺は恭介の額目掛けてキッツイデコピンを放つと、そのまま深呼吸して携帯の画面をタップした。
隣でアホが悶絶しているけど、放っておこう。
プルルルル………プルルルル…………
ガチャッ
『もしもし!?要…!?』
繋がった瞬間、かけた側より早く話し出す親友に、胸にじんわりと温かいものが広がっていくのを感じた。
ほんとに………心配かけたんだな。
「あ……………暁人………?」
『………うん……』
「あの………さ、」
暁人の声色で、俺の状況をなんとなく察しているのがわかった。
そっか………
もう俺たち、声のトーンだけで相手の気持ちがわかるようになったのか……
「心配…かけて……ごめんな?恭介から色々聞いた」
『そんな…!謝らないでよ!それより要、体調はどう?大丈夫なの?』
「うん……体調は全然………、お前のバイト先なのに迷惑かけて悪かったな……」
『ううんっ…!俺なんて、なんにも出来なかったし……むしろ、俺の方こそごめんね要………俺っ……要にたくさん助けてもらってきたくせに…何も返してあげられないっ……』
少しずつ言葉を詰まらせる暁人に、また泣かせてしまったかと罪悪感が募る。
爽のこと言えねーよな俺も……
こんな素敵な男の子を、自分のせいで悲しませているんだから。
「なんでお前が謝るんだよ…」
『…だって…!』
「暁人があのクソババアと関わらずに済んで良かったよ……そこはマジで恭介に感謝してる」
『……っ』
「お前になんかあった方が俺自分のこと責めてたぞ?それこそ…お前の許嫁様に顔向け出来ねーしな?」
『……でもっ……』
電話越しでも容易に暁人の泣き顔が想像出来てしまって、俺ももらい泣きしそうになるのを必死で耐える。
暁人はきっと……こんな汚い世界で生きるには、心が綺麗すぎる。そのせいで人の事でさえこんなにも傷つくし、自分のことみたいに泣いてしまうんだ。
でも……だからこそ、周りにいる俺たちは守りたいって思わされてしまうんだと思う。
そんな優しい子に、俺の過去の話をしていいのかって……ずっと躊躇いがあった。だから俺はこれまで、自分のトラウマの内容を暁人に詳しく話さなかったんだ。
だけど、きっと………
俺が自分の殻を破り一歩踏み出して幸せになれた今なら、
少しは暁人も心を軽くして聞いてくれるはず。
だって俺はもう、1人じゃない。
俺には、
恭介がいるから。
「暁人………爽から…俺のトラウマの話聞いたか……?」
俺がそう言った瞬間、暁人がヒュッと息を吸い込んだのが聞こえた。
……どうやら、覚悟してくれていたみたいだ。
『………聞いて、ない……要の口から聞きたくて……』
「やっぱそっか………お前ならそう言うと思った……」
『……教えて、くれるの……?』
「うん………聞いて……」
それから俺は、ゆっくりゆっくり時間をかけて全てを暁人に話した。
きっと、想像以上にショックだったと思う。
それでも暁人は、嗚咽混じりになりながらもしっかり俺の話に相槌を打ち続けた。
俺も途中、手が震えてしまって焦ったけど、その度に恭介がギュッと抱きしめてくれて………
そのおかげで最後まで話しきることが出来た。
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