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例えば及ばぬ恋として【旅行編】1
例えば、いま始まろうとしている恋が
絶対に叶うはずもなかったとしたら……
あなたならどうしますか?
彼が片想いしていた期間は、13年。
それは同時に、彼が恋を諦め続けてきた年数でもある。報われるはずのない想いを抱えて、叶うはずのない未来を夢見て、一体どんな気持ちでこれまで生きてきたんだろう。
どれだけ……苦しかっただろう。
だけど、その及ぶはずのなかった想いが……振り向くはずのなかった相手が……
自分の方を向いて、好きだと言った。
そう……これから始まるのは、
そんな片思いが成就して、紆余曲折経てやっと身体を重ねることになった2人の"初めて"までのお話。
俺と、爽の……2人だけの秘密の話。
『当機はまもなく、新千歳空港に着陸いたします。着陸に備えまして…』
うっすらと聞こえてきたCAさんのアナウンスで目を覚ますと、大好きな恋人が俺を見てクスリと微笑んだ。いつ見ても文句なしに男前。
なぜ俺は…もう見飽きるほど見ているはずのこの笑顔に、こんなにも心揺さぶられるのだろう…不思議だ。
今日は待ちに待った爽との初めての旅行の日。行き先は俺の要望で、北の大地北海道。俺は旅行自体久しぶりだし、なにより北海道に行くのも初めてだから…すっごく楽しみ!!
この日のためにお互い色々我慢したり、努力したりしてきたから……喜びもひとしおだ。朝から、ワクワクが止まらない。
「おはよ、あき」
「ん……おはよぉ…」
「おっ前……寝起き赤ちゃんみたいだなぁ…」
「んー…爽、いっつもそれ言うねぇ…?……あ…もう、着く?」
「ふふっ…着くよ」
カタカタと揺れる機内に驚いて、思わず爽の手を握った。シートベルトの着用サインがすでに点灯している。もう本当に着陸直前みたいだ。
羽田を離陸する前からずっと眠り続けていたから…いきなりの状況に順応しきれなくて、自然と心拍数が上がる。
「あき…やっぱり、飛行機怖い?」
「ん……、飛行機っていうか…高いとこがやっぱダメ…」
「そっか……、まだ目閉じてていいよ?見なきゃそんなに怖くないだろ?」
「うん…っ」
優しい声色に胸がきゅんとする。今日も今日とて、俺の彼氏は最高に王子様だ。
タワーマンションで暮らし始めて以降、ある程度高い場所にも慣れたかなって勝手に思ってたけど……やっぱり飛行機は段違い。高所恐怖症には地獄だ。
ちなみに俺はこれまでも、旅行で飛行機に乗る時は必ず離陸前から着陸後まで寝るようにしていた。
だって、俺が怖がるの見たら…みんなも楽しくなくなっちゃうでしょ?
瞳を閉じたまま爽の手を必死にぎゅうぎゅう握っていると、
ふいに、唇に柔らかいものが当たった。
「……!?……えっ!?爽!?」
「ん?」
「もしかして……今俺にちゅーした!!?」
「……んー…?……まぁ、一瞬」
「はぁ!?何してんの!?」
「だって、あきが目閉じてんのかわいくて…」
「そんな理由!!!?ここ公共の場なんですけど!!?」
「……いいじゃん、この便のプレミアムクラスに乗ってんの俺たちだけだし…周りだーれもいねーよ?」
「そういう問題!?」
爽が予約してくれた席は、国内線のプレミアムクラスってやつで……所謂、ファーストクラスにあたる席。爽の言う通り、確かに俺たちしかいないけど……それでもやっぱダメでしょ…口にキスは。
爽への抗議でギャーギャー騒いでいるうちに、飛行機はあっという間に着陸体制に入り、機体が地面に着いた感触が振動で伝わってきた。正直、爽のおかげで恐怖は軽減されたけど…
やっぱりちょっと納得いかない。
「ほら、目開けていいよ?」
「うん……ねぇ、爽…家の外で予告なくちゅーしちゃダメなんだよ?誰かに見られたら……」
「えー…いいじゃん」
「だめだよぉ!またモラルの鬼に怒られるよ?」
あ、モラルの鬼って言うのは、言わずもがな俺の親友…結城 要のことです。要って、爽に怒る時容赦ないから。まぁ、恭ちゃん相手にしてる時に比べたら…マシかもだけど……
そうそう…
1週間前、要と恭ちゃんは無事交際をスタートさせたの。要は相変わらず恭ちゃんを前にするとツンツンしてるけど…恭ちゃんは今までに増して要へのラブラブ攻撃が止まらないみたい。俺の知らないところで色々あったみたいだけど…、でも…無事2人が幸せになってくれてよかった。
俺的には、もう少し要が素直になれるように手助けしたいところ。…なんでかって?だって、2人には沢山恩があるからね!要も本当は素直になりたいって思ってるだろうし……それに、要が素直になればなるほど…恭ちゃんも喜ぶでしょ?一石二鳥………いや、むしろ三鳥?色んな相乗効果を生みそう。
「じゃあ、あきは顔かわいいのやめてくれる?」
「えっ?」
「あきがかわいいのが悪くない?こんなかわいい顔してるくせにキスしないでとか矛盾してんじゃん」
「なにそれ…!」
視線を向けた先の爽は、首を傾げて俺を見ている。どんな顔して言ってるのかと思えば、本人は至って真面目な顔だ。全く…TPOを考えずにナチュラルに口説きモードに入るのやめてほしい。
「もうちょっと自覚持ってくれないと困るなぁ……じゃなきゃ、俺以外にも簡単にちゅーされちゃうよ?」
「は!?爽以外となんてするわけないじゃん!!!」
「お前の意思どうこうじゃなく、お前にキスしたい奴は無限にいるってこと」
「…っ、」
「な、ほら…避けないとまたしちゃうよ?いいの?」
「…へっ…あ、ダメだって…!」
「あー…ダメダメ…そんな抵抗じゃ男を燃えさせるだけ」
「あっ、爽…!!近いってば!!やだっ……だっ…ダメって言ってるのにっ…!!」
再び唇がくっつきそうな位置に綺麗な顔が迫ってきて、大した抵抗も出来ないままいると…爽は盛大に吹き出した。
「ぶはっ…!!!!」
「……えっ!?」
「ごめんごめん、俺が悪かった!意地悪しすぎた…!!目閉じてるあきがあんまりかわいくて、キスすんの我慢できなかった俺が全部悪い!許して?」
「もーっ!!!」
「ごめんって!今後は完全に2人っきりの時だけにするから!…ね?」
「うぅっ…ずるい爽…!そんな風に謝られたら俺もう許すしかないじゃんっ…」
いつもよりだいぶ甘ったるい瞳で俺を見る爽に、見事陥落。本人曰く、本日の樋口 爽はリミッター解除のフルパワー状態らしい。今日まで色々我慢し続けてたし、出張で会えなかったのもあるからかな…旅行中は全力でかわいがると飛行機に乗る前に宣言された。つまり、俺をいつも以上にメロメロにする気満々ってこと。
爽はニコッと笑ってシートベルトを外すと、立ち上がって俺を見下ろす。それと同時に、優しく頭を撫でられた。
「ヨシヨシ……」
「爽……」
「ほら、早く降りよ?」
「うんっ…」
俺は差し出された手を握り返して、ゆっくりと立ち上がった。
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