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キスする前に出来ること【疑惑編】3

グルグルと思考を巡らせながら中庭に隣接する廊下を歩いていると、突き当たりのベンチに制服を着た高校生が座っていた。大学の構内に学ランは…かなり目立つ。 座った姿勢からでもスラリと足が長いのがわかる。背は多分…俺より高い。サラサラな茶髪が印象的な、涼やかな美少年。 手元には、馴染みのある本が見えた。 「『ツァラトゥストラはかく語りき』…」 思わずタイトルを口に出してしまい、しまった…と思うのとほぼ同時に、本に集中していた少年は俺を見上げた。 長い睫毛が揺れている。 「え……?」 「あ…ごめんいきなり……!その本俺も読んだから…つい、」 「…いえ、全然…」 ニコッと柔らかく微笑んだ高校生に、俺は不思議な感覚を覚えていた。 …なんだこの子………初めて会った感じがしない…… いつもの俺なら即立ち去るような場面で、ちょっとした好奇心が疼き……本を指さした。 小さい頃は母の側で大人しくしていなければならない瞬間がすごく多くて、それで家中の本を読み漁ったんだよな俺…。懐かしい。あの頃から俺はいつもひとりぼっちだった。でも、その本の虫時代のおかげで楓さんとも仲良くなれたし、そう考えればあの日々も無駄じゃなかった。俺の知識のほとんどは、本からだしな。 「ニーチェ好きなのか?」 「あ…いえ、曲が……」 「ああ……!あのクッソなっげー曲?」 「わぁ…ご存知なんですか?そうです…!…昔、ピアノの課題曲だったので…懐かしくて……でも、本の方は読んだことなかったんで…チャレンジしてたんです」 「へぇ……」 「大学の図書館って…広くてなんかワクワクしちゃいました」 うちの大学の図書館は、都内でも蔵書数がトップクラスでちょっと有名。その上在校生じゃなくても貸し出しが許されているから、誰でも気軽に利用出来る。 どうやら目の前の彼も、それ目当てにここに来たようだ。 「あの、よかったら隣…座りませんか?」 「え?」 「僕、来年からこの大学に通うんです…良ければ先輩のお話聞かせてください」 「………それ、ナンパ?」 「え!?…あははっ!お兄さん面白いですねっ…!だけど、どっちかと言うとお兄さんが僕のことナンパしたんじゃないですか?」 「…あ……まぁ、それもそうだな……」 「ブハッ…!納得しちゃうんだ…!」 ケラケラと大笑いを始める少年を見ながら、隣に腰掛ける。察するに、相当なゲラらしい。普段ならこういう声がけはガン無視だし、そもそも俺から声かけること自体無いけど…… 彼の笑顔を見ていて、その理由に気付いた。 そっか…… コイツ……笑うと暁人に似てるんだ…… 俺はほんと親友バカだな……。暁人に関わること全部に、脇が甘くなる。自覚してるだけ、マシかもだけど。 一言二言で立ち去ろうと思っていたはずが、なぜか話が弾みに弾み…… 結局、初対面の高校生とかなり話し込んでしまった。 しかも……会話はあらぬ方向に進んでいった…… 「なるほどぉ……じゃあ、お兄さんの恋人は…何かを隠していると」 「うん……多分」 「その上、お兄さんは卒業後の進路で考えなきゃいけないことがたくさんあるから…頭の中がパンク寸前になっちゃってる……ってことですね?」 「……超速理解じゃん……お前偏差値高いだろ?」 「あははっ…!どうですかねぇ…?でも、僕もお兄さんと同じ大学に入学するんで……そこは察してください」 「…じゃあ天才だな」 「ブフッ…!謙遜しないとこ…素敵です」 「そりゃどーも」 なんで高校生相手に恋人との関係を相談してるんだ俺は!…と心の中で自分に突っ込む。 だけどコイツ、妙に話しやすいし大人びてるし…おまけに暁人にちょっと似てて……なんか心を許しやすい条件がピタッとハマってしまったんだ。 その上コイツも自分のこと明け透けに話してくれるから…余計。人間、心を開いてくれた相手には自分の手の内を見せたくなるもんだ。 つまりはとんでもない聞き上手。高校生にしてコレって……一体どんな環境で育ったんだ。ご両親にお礼申し上げてぇわ。 …というか、今の時点で入学が決まってるってことは…つまり推薦組ってことだよな…?うちの大学に推薦で入学するって……猛者中の猛者じゃねーか。 「あの……」 「ん?」 「ちょっとだけいいですか?」 少年は片手をピョコンと挙げて俺を見た。 「その…、僕みたいなガキに助言なんて求めてないとは思うんですが……意見、言ってみてもいいですか?」 「……もちろん……、ってかお前全然ガキじゃねーよ…人生3週目くらいだろ?」 「あははっ!それ…友達にもよく言われます!」 ………だろうな。 マジで転生してそう。 「………僕、小さい頃からずっと好きな人がいたんです……多分、物心着く前から…本当にごく最近まで」 「……へぇ、一途だな」 「…だけど、その人は絶対結ばれない相手で……僕もそれをわかってて恋してて……それでも好きだと思う気持ちは止められなかった……相手は僕のことなんか、眼中にもなかったのに」 その表情から、彼がどれほど相手を想って来たかが痛いほど伝わってきた。そして同時に、彼の中の恋はすでに終わっていることも…なんとなく察しがつく。 だって、 叶わない恋の話をしているはずなのに…なんだか妙に、スッキリして見えたから。きっともう、気持ちの区切りはついているのだろう。

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