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キスする前に出来ること【疑惑編】7
画面に表示されたのは
【相手との距離 : 10メートル】
の文字。
俺の位置と、恭介の位置は地図上でほぼ重なり合っている。困惑しながらゆっくりと、窓から向かい側の道に顔を向けた。
そこには、案の定…茶髪に長身の男。
見間違えるはずない……
「…………嘘、………恭介?」
こんな偶然ある……?
その上、
ついさっきまで通話していたはずの彼氏の隣には、見慣れない男の子が立っている。
背はおそらく180cm前後。恭介よりは低いけど、俺よりは高そう。鮮やかな金髪に、華奢な身体。顔はよく見えないけれど…スタイルがとてもいい。どう見たって10代だ。
恭介はその彼の頭に手を乗せて、必死に何かを話している。
自宅にいると思い込んでいた恭介が、どうしてここにいるのかとか…妹の看病なんて嘘だったのかとか…そいつは一体誰なんだとか…
なんで……俺以外の男に触ってるんだとか………
頭の中でいろんな言葉が駆け巡る。
けれど、次の瞬間……その全ての思考が停止する。
華奢な少年は、恭介の腕の中にすっぽりと収まり……それこそ、骨が折れるんじゃないかと思うほど……キツく抱き締められていた。
「………なん、で…?」
ようやく絞り出した言葉は、怒りなんかより…単なる疑問だった。
目の前で……知らない男の子を抱きしめている自分の彼氏に、これは現実なのかと何度も問いかける。
心臓がバクバクとすごい強さで鳴って、思わずギュッとハンドルを握りしめる。頭が真っ白になるのと同時に、ゆっくりと体温が下がっていくのを感じた。
なぁ恭介……?
彼は……、
俺に嘘をついてまで会う相手だったの……?
脳裏によぎるのは、恭介と付き合う上で絶対にあり得ないだろうと思っていた…漢字2文字。
いや、違う……恭介に限ってそんなわけない。そう思うのに……目の前に広がるのは、そんな俺の気持ちを粉々に打ち砕くムゴい現実だけ。
なぜなら、ただ抱きしめてるだけじゃない……恭介の目には……愛しいという気持ちが、透けて見えた。毎日一緒にいて、嫌というほど愛を伝えられてきた俺にはわかる。
相手は……友達なんかじゃない。絶対に。
2人を見ているのすら辛くて、
自分しかいない車の中で、俺はぼんやりと視線を彷徨わせ…最終的に天井を見つめた。なんだか…全てが馬鹿らしい。
俺は恭介と付き合う時……こうも言った。
"浮気したら殺すから……お前も、相手も"
その時は、文字通りの意味だった。
俺が恋人に求める絶対的な条件は、浮気どころか…俺を不安にもさせないこと。
でも……今考えれば、俺は何も分かってなかった。
だって、
何日も前から散々不安にさせられて…今まさに目の前で、他人を抱きしめる彼氏を見ても……殺すどころか…別れるという選択肢すら浮かばない。
ほんと、間抜けすぎて笑えるよな…?
俺………お前のこと、こんなに好きになるなんて思っていなかったんだ。
お前にとって俺が1番でも2番でも……そんなの、どうでもいい。離れられる……わけない。お前の腕が、俺以外を抱きしめていても…、例え他人にキスしていても……それでもいい。
天井から、抱き合う2人に再び視線を向けると…ようやく恭介は男の子の身体を放し、腕を引いて歩いていく。
そしてそのまま……2人一緒にタクシーに乗り込み走り去って行った。
2人の向かった先は一体どこか。考えられるうちで、最悪の想像をしてしまって……思わず吐き気が込み上げた。逆流しかけた胃液を吐き出さぬよう、必死に身体を捩って耐える。
吐くな……ばか。ダメだ。
ふと、窓ガラスに反射した自分の顔を見て、叩き割りたい衝動をなんとか抑え込んだ。
ふざけんな……
他人を惑わす母譲りのこの美貌も、美しいと褒め称えられる身体も、
一体なんの意味がある?
この世で一番愛しい人に抱いてもらえないなら、こんなものなんの意味もない。
……ごめんな、恭介。
お前は何も悪くないよ。
だって…性欲は3大欲求のひとつ。そのために身を滅ぼす者もいるほどの強い生理的な欲求を…お前に我慢させること自体、無理だったんだ。
お前のこと好きなのに、抱かせてやれなくてごめん。キスすら出来なくてごめん。お前がもし、他の人でその欲求を満たせるなら……その方がいいに決まってる。
そう……思うのに、
俺、
「…………死に、た……」
最後まで言い切る前に、パッと手で口を押さえ込んだ。
こんなこと言ったら……………暁人が……泣く。ダメだ。
誰よりも俺の幸せを願い、誰よりも俺と恭介の関係を応援してくれている大好きな親友の顔を思い浮かべて、必死に嗚咽を堪える。ボタボタとこぼれ落ちる涙が、太ももに大きなシミを作っていく。
「……っ、…ふっ……うっ…」
暁人……、
アイツの態度の理由……わかったよ。
お前にも、お前の聡明な弟にもアドバイス貰ったのに…何の意味もなかった……ごめん。結局原因は俺自身なんだから……もう、救いようがないよな…?
やっぱり俺は…恋愛しちゃ、いけなかったみたいだ。
なぁ、俺………
どうしたらいい…?
どうしたら、恭介を幸せにしてやれる……?
結局、この日俺が自宅に戻ったのはそれから4時間後のことだった。
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