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キスする前に出来ること【疑惑編】8
翌日。
昨晩自宅に帰ってからワインを浴びるほど飲んだが、結局一睡も出来ずに朝を迎えた。今回ほど自分の酒の強さを呪ったことは無いかもしれない。少しでも酔えたら、楽だったのに。
朝になってからは、ひたすらデザイン画を描きまくった。俺にとっては最高の現実逃避だ。もはや眠気など一切ない。身体に悪いことは承知の上だから、徹夜自体はいい。いつものことだし。
問題は、1日経ってもこの悩みの原因が何も解決していないこと。
結局夜まで恭介からの連絡は一度も無かったし、俺の気持ちはぐちゃぐちゃのまま。もしかしたら今日も連絡が来ない可能性はあるけど……でも、もし来たら……
昨日のこと……話すべきなのかな……
あまり酒に頼るべきじゃないと分かっていながら、またワインセラーから1本ワインを取り出し手際良くコルクを抜いた。食器棚からワイングラスをひとつ手に取り、ボトルを傾け勢いよく注ぎ入れる。
なんでかな、モヤモヤしてる時は…白ワインが飲みたくなる。いつもよりかなりいいワインを開けてしまった。
「………うま」
元気がなくても、うまいもんはうまい。ワインは俺を裏切らない。
ソファに深く腰掛け、ワイングラスを傾けながら、静かに自問自答を開始する。
俺はそっと目を閉じて…このグラスを貰った日を思い出していた。
俺の21歳の誕生日…恭介はこのワイングラスをペアでくれた。正直、恭介のセンスなんて微塵も信用していなくて…プレゼントを用意していたとしてもどうせくだらないものかエロいものかの2択だと高を括っていた。
それが蓋を開けてみれば、バカラのワイングラスだ。
ぶっちゃけワイングラスは沢山持っているけれど、恭介の選んできたデザインはドンピシャに俺の好みど真ん中で……めちゃくちゃ感動した。
……思わず、自分から抱きついてしまうほど。
『恭介っ…!嬉しいっありがとうっ!!!すっげー形タイプ!!お前がこんなセンスいいもんくれると思わなかった!!』
『えっえっえっ…ええっ!!?』
『…?なんだよ、その反応…』
『かなが素直にお礼言ってるっ…!!!嘘でしょっ……!?やばいっ俺泣きそうっ…!』
『はぁ!!?えっ、ちょっと待てマジで泣いてんじゃねーか!!!なんでプレゼント渡した側が泣くんだよ!!』
『うわーーーんっ!!!かなが自分から抱きついてくれたぁ~~~バカラの会社の人ありがとぉおおおおお』
『ブハッ!!!誰にお礼言ってんだよっ!』
『かな大好きぃ!!!もう絶対離したくないーっ!!』
『あっ!ばかっ、やめろっグラス割れるっつの!!』
『やだーーーーッ!!!』
俺の誕生日のために、わざわざ有給までとってくれて……一日中抱きしめられながら女王様扱いをされた。何度も何度も、生まれてきてくれてありがとう…と耳元で囁かれるのは、さすがに恥ずかしかったけど……
この日、俺は恭介から……一生分の"大好き"をもらったんだ。
………嬉しかった。
本当に…人生で一番楽しい、誕生日だった。
俺………、お前の隣にいれるだけでよかった。
幸せだった。
なのに……、
「………なん、でっ……、恭介っ……俺、どうしてっ……」
どうして……
お前とキスすら出来ないの……?
泣きながら飲むワインは、美味しくない。
だって、鼻が詰まって匂いがしないから。
だから、泣くべきじゃないのに。
……止まらない。
いくら自分に問いかけたって、トラウマが消えてなくなるわけなんてない。
ならば、俺のわがままで恭介を繋ぎ止めておくのは……きっと彼のためにはならない。
キスもセックスもちゃんとできて、身も心もきちんと満たされる相手と一緒にいるほうが…どう考えたって、恭介のためになる。
最初からわかっていたことじゃないか。
それなのに、
離れたくない。隣にいたい。抱きしめて欲しい。
本当は俺が一番、お前とキスしたい。
「…………っ、……ウッ!」
性行為のことを考えた瞬間、あの女に跨られたシーンがフラッシュバックして吐き気が込み上げた。慌ててトイレまで走り、便器に顔を突っ込むと勢いよく戻す。
「……っ、おえっ…ゴホッ…!…ッ」
全身がガタガタ震える。何も食べていないせいで、出てきたのは液体だけ。全部、アルコールだ。
俺……なにやってんだろ………
「………かな?」
いきなり話しかけられて、口元を手で拭いながら慌てて振り返る。開け放していたトイレのドアの先には、驚いた顔をした恭介が立っていた。
「……きょ、…すけ……」
「えっ!!?ちょっと…!どうしたの…!!?大丈夫!!?」
「……来んなら、連絡しろよ……っ」
「したよ!!何回も電話かけた!!!かな、携帯見てなかったでしょ!?」
「………あ、」
そう言えば、見てなかったかも。
そんな余裕…なかったもんな。
カッコ悪い………こんなところ、恭介に見られたくなかった。
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