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キスする前に出来ること【疑惑編】9
「もぉー!!!俺心配したんだよ!?」
「……ごめ、」
「別にいいけどさぁ……そんなことより…かな、どうしたの?吐いちゃった?苦しいの…?」
「……あーえっと……飲み、過ぎた…だけ」
「……なんだ、そっか…!ビックリした…!!まだ出る?なら、全部出しちゃいな?」
恭介は俺の横にしゃがみ込むと、俺の髪が便器に入らないように持ちながら背中をさすってくれた。
「も~…かなが飲み過ぎて吐くなんて……、一体どんだけの量飲んだの?」
「……」
「お酒好きなのはいいけど、俺…かなの身体が心配……」
「………、ごめ…ん…」
「ま…俺が側にいる時は多少無理してもいいけどね…介抱してあげられるから」
「………ッ、うっ……けほっ」
「…大丈夫だよ、ヨシヨシ……ゆっくりでいいからね」
「……っ、」
優しい声に、余計に涙が溢れる。恭介からしたら、俺は吐き気の苦しさで泣いてるんだと思っているだろうし…正直都合が良かった。
「…あらまぁ……かな、ご飯また抜いたでしょ…?…ワインしか出てないじゃん」
「……ッ…、人のゲロ見て冷静に分析すんな変態っ…ゲホッ…」
「あははっ!え~?この状況でそういう事言うー?この意地っ張り~」
「……チッ」
「ふふふっ、まぁそういうとこもかわいいんだけどねぇ~!」
「…うるせーよ、」
いつもと同じトーンのやりとりに、なんだか安心して…気が付いたら吐き気は治まっていた。
どんな状況だって、俺は恭介といたら気持ちが安定するんだな…。認めたくないけど、やっぱり…"好き"のパワーは偉大だ。
全てを吐き終えてからは、恭介に促されてシャワーを浴びることにした。まぁ…色んなところがワインまみれだったし、当然だよな。
けれど…シャワーを浴び終えて浴室から出た瞬間、目に飛び込んできたのは…家に置いてあるだけで使ったことのなかった真っ白なバスローブだった。"着替え用意しておくから"という、恭介にしては気が利き過ぎた言葉になんの疑問も持たなかった俺は……つくづく間抜けだ。
……あの変態っ…!なんでバスローブの置き場所なんて知ってんだよ…!!
ガチャッ……
リビングの扉を開くと、さっきより少しスッキリしているように見えた。
恭介……部屋、片付けてくれたのか…
また荒れ気味だったの、コイツ気づいてたのかな……
「かなぁ~!シャワーお疲れ様ぁ~!!ホットケーキ作ったからちょっとでも食べ…ブハァッ!!!!!」
「テメェいい度胸だな」
「エエーーッ!!?マジで着てくれたの!!?ちょ、えっろ!!!ねぇ!!!バスローブ最高なんだけど!!!!?ど、どうしようっ…予想外すぎて俺っ…!!こんなエロいお兄さん独り占めしていいんですかぁっ!!!!?」
恭介はバスローブ姿の俺を見た瞬間、思いっきり両肩を掴んで全力で叫び出した。自分で仕組んだくせに…なに動揺してんだよコイツ。
「…はぁ?パンツすら用意しなかった奴のセリフとは思えねーな…ったく、まぁいいけど…着てみたら意外と楽だし」
「…………へ……、マジで、ノーパンすか…先輩……」
「………えー……?自分で確認すれば?」
「はぇ!!!!!?!?!」
「ふっ…!冗談だよばーか」
笑いながら恭介の頬を引っ張ると、顔を赤らめながらヘラッと笑われた。気の抜けた表情だ。
チラッと視線を向けた先には、俺が大好きなホットケーキが用意されている。
こんなに尽してくれるのに……どうして………
いや、まだ事実を確認してないんだ。諦めるのは早い。もしかしたら、何か事情があるかもしれないじゃないか。
「かな……ねぇ、抱きしめていい?」
「………」
恭介の言葉に、昨晩の出来事を思い出す。
……俺以外の人間を抱きしめたその腕で…俺を抱くの…?
…なんて、そんなこと聞けるわけない。
でも、このままなんて……無理だ。
「………その、前に…」
「…ん?」
「妹さんの…体調、どう?」
「え」
「具合良くなったのか?」
「えっと……、うん!すごい元気になったよ!?全然大丈夫!!!」
咄嗟に視線を逸らした恭介のその態度は、俺が数日間感じていた違和感が間違いではないことを知らせていた。
……やっぱり、変だ。コイツ……嘘…ついてる。
「……昨日、ずっと看病してたのか…?」
「…うんっ、…もちろん!俺かなに会えなくてすっごい寂し…」
「お前…妹さん以外に、誰かに会った……?」
「……へ?なんで、そんなこと…」
「いいから!!恭介……、誰かに会った?」
「………会って、ないって…」
不安そうな目で俺を見る恭介に、ゆっくり血の気が引いていく。
じゃあ、あれは誰?
何で嘘つくの?
俺のこと、大事にしてくれるんじゃなかったの…?
"死ぬほど一途"って言ってたくせに…
俺が性行為できないから、浮気したの……?
聞きたいことは無限にあった。だけど、聞いて何になる?無意味だ。恭介の浮気が事実でも…俺は、別れるつもりなんてない。
「………そっか、…良くなったなら…よかった…」
「……?かな?」
「……ホットケーキ…食べていい?」
「いい…けど、それより……」
「ん?」
「抱きしめたいんですけど…、いいですか?」
「…ん、いいよ…」
俺の許可を得た恭介は、いつものようにニコッと笑ってギュッと俺を抱きしめた。首筋に鼻先を埋められて、くすぐったい。
普段なら、一番幸せな瞬間なのに……
「いい匂いっ……かな、大好きっ…」
…ズキっと心臓が痛くなった。
今考えれば多分この時すでに、
俺の心は崩壊を始めていた。
…To be continued.
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