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キスする前に出来ること【真相編】1
『かな…大好き、愛してる…』
『俺かなのためなら何でもするよ』
『一生隣にいてくれる…?』
どんなに歯の浮くようなセリフでも、お前に言われれば…いつだって震えるほど嬉しかった。俺は悪態ばっかで全然返事を口にしていなかったけど、言葉にしなくてもお前はいつも俺の気持ちを察してくれてたよな。
これは俺の推察だけど…
恭介に愛の言葉を囁かれるのが殊更特別に感じたのは、俺の複雑な家庭環境に起因しているんだと思う。
父と母の関係は俺が物心つく前から完全に冷めきっていた。普通のサラリーマンだった父と、デザイナーとして世界中を飛び回る忙しい母は…元々相容れない間柄だったのかもしれない。父はいつもイラついていて、母は仕事に夢中。間に挟まれる俺は、いつだって孤独に決まっている。その上、父から母への壮絶なDVは幼い俺を絶望させるには十分だった。
両親が正式に離婚したのは俺が10歳の時。俺は迷わず母について行くことを選び、父との縁はそれっきり。今は何をしてどこにいるのかも知らない。
俺はいまだにあの日々を夢に見ることもあるのに……当事者である母は割とすぐに立ち直り、離婚から5年後には新しい家族を持つに至った。
女の人って、心底強い。
案の定、俺は母が掴み取った新たな幸せをすぐには受け入れられなかった。いや……今も受け入れられていないと言った方が正しいのかも。
なぜなら、新しい家族は幸せを絵に描いたように眩しくて…綺麗で……俺みたいな人間には完全に分不相応だったから。まぁ、俺が勝手に自分を異物として感じていただけ…と言われればそれまでかもしれないけど。だけど、どんなに新しい家族に優しくされても、俺の心は常に孤独という沼の底にあった。
俺には愛される資格などないと自分に言い聞かせ、家族になることから逃げたんだ。
だから恭介と出会って初めて、特別な相手を見つけたと思った。恭介は俺を無条件で愛してくれて、そして俺もそれを自然に受け止められた。今まで避け続けていた純粋な愛を受け入れる覚悟が、ようやく出来たんだ。途端に沢山の愛情が一気に降ってきて……俺はその心地よさに、溺れた。
俺のためだけに差し出された手を握って仕舞えば、もはやその沼から這い上がることなんて自分の意思じゃ出来なかった。
俺はもう、和倉 恭介を愛してしまった。
誰にも、愛される資格なんてないと思っていたのに………愛し、愛される喜びを知ってしまった。
……もう恭介を知る前の俺には、
戻れない。
『要…たまには家に帰ってきてちょうだい…!』
「………」
俺が今いるこの部屋は、作った服の撮影用に改装した自宅マンションの一室。最新の一眼レフに、ストロボ、レフ板、カラーバックetc……我ながら、下手なスタジオよりいい機材を揃えた自信がある。
壁は全面真っ白で、俺は中央で大量の写真を片手に立ち尽くす。ただでさえ恭介のことで頭がいっぱいなのに…これ以上他のことを考えさせないでほしい。
『今回ママが日本にいられる期間はそんなに長くないのよ…?今年も年越しはニューヨークに………そうよ…!今年は要も一緒にいきましょう?あの子タイムズスクエアでの年越しに興味津々なの!人生で一度くらいあそこで…』
「はぁ?…行かねーって……、俺来年大学4年だぞ?忙しくて無理だっつの…」
久しぶりに母親から電話が来たと思ったらこれだ。
そもそもタイムズスクエアで年越しってなんだよ…?俺がそんなお祭り騒ぎ好きそうに見えるのか?十何時間もあんなところで棒立ちなんて……どう考えたって拷問じゃねーか。死んでも行きたくねぇ……
『そんなこと言わないで…きっとあの子もあなたに…』
「いい加減にしてくれよおふくろ…!!今それどころじゃ……!」
俺が実家に帰るのは1年に1回あるかないかくらいの頻度だから母の言うこともわかる。ただでさえ母は仕事で海外にいることが多いから、たまに日本に帰国した時くらい帰ってこいと連絡が来るのは当たり前と言えば当たり前だ。
それでも、今はタイミングが悪すぎる。
『……要……、お願いよ……!あの子の顔…見に来てやって?』
「今はほんとに、色々忙しいんだって……悪いけど……行けない」
少々の沈黙の後、母は大きなため息を吐く。
『………はぁ…………わかったわ……、じゃあせめて…近況だけでも教えてちょうだい?デザイン画…最近は全然見せてくれないじゃない…服は作ってるの?』
「あー…うん、やっとブランドイメージに合うモデル見つけたから…順調……卒業までには写真集も作っておくし…」
『モデルって…ああ前に言ってた男の子ね?』
「そう……アイツおふくろのファンらしいぞ」
『あらぁ~!嬉しいっ!』
現在暁人に協力してもらって俺の作った服だけのファッション写真集を制作準備中だ。まずは俺の作るブランドを、世界中に広く認知して貰わなきゃ始まらないからな。この写真集を現物だけじゃなく、SNSを使って拡散しまくって…知名度をあげるって寸法だ。
俺は大学卒業と同時に会社を起こす予定だから、出来る準備は今からしておかなきゃな。
…とは言っても、いいカメラマンがなかなか見つからなくて写真集制作は暗礁に乗り上げているけれど。
『…要、何かあったら遠慮なく相談するのよ?ママもこれで一応…一流のデザイナーなんだから』
「わかってるって……そこに関しては、マジで尊敬してる」
『まぁ…嫌味な言い方ね…?母親としては半人前ってことかしら?』
「………あー……ごめんって……」
『ふふっ、冗談よ…!』
「はぁ…おふくろ……勘弁してくれ…」
頭がガンガンする……
頼むから今だけは…この人に振り回されたくない。
恭介のことも、写真集の制作のことも…ちゃんと考えなきゃいけないのに…それ以外のことも並行して考えるなんて今の俺には完全にキャパオーバーだ。
おふくろには悪いけど、本当に今は…実家のことなんて考えてる余裕はない。
「ごめん、マジで忙しいから…通話切っていいか?」
『…………仕方ないわね……タイミングいい時でいいから…たまには連絡しなさいよ…?』
「ん……」
『………要、』
「…なに?」
『ちゃんと、寝るのよ?』
「…………わかったよ…じゃあな」
『ええ』
ブツッ………
ツー…ツー…
「はぁ…………」
通話を終えた瞬間、床に倒れ込む。
なんだか、どっと汗が出た。実の母親からの電話でこんなにも疲弊するなんて……
けど、驚いた。なんだかんだ言って、あの人もちゃんと母親なんだな。声を聞いただけで寝不足だと見抜かれた。
そんな声に出てたか…?
仰向けになると同時に、片手に持っていた写真の束を天井に向かって放り投げた。
真っ白な視界の中に、大量の写真が舞う。
モデルも、服も完璧なのに…写真のセンスがクソすぎる。俺割となんでも卒なくこなすタイプなはずなのに、カメラの才能だけはゼロどころかマイナスなんだよな。これじゃあ写真集の完成なんて夢のまた夢だ。
マジで、どうしよう………
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