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キスする前に出来ること【真相編】2
「……ーーちゃん?」
ポカポカの空気が身体に纏わりつく。周囲にはあまーいスイーツと挽きたてのコーヒーの香り。
……あれ?
「……ーなちゃん?」
……ここ、どこだっけ……?
「かなちゃん?起きた…?」
「……へ、」
「あらら、ぽやぽやだねぇ……もう少し寝る?」
薄らと目を開けた先にいたのは、慈愛に満ちた表情の……女神様………
じゃなくて……、綺麗なお兄さんだった。
「……え、……かえ、で……さん…?」
「ふふっ…!おはよっ…」
ボーッとする頭で、楓さんの姿をじっと見つめる。
俺が作った制服を見事に着こなした童顔の美人は、いつものようにニコニコ笑っている。
…やっぱ楓さんはボウタイにしてよかったな。すっげぇ似合う。従業員全員別々のタイにするってのは、我ながら名案だった。
「……あー………俺、どのくらい寝てた…?」
「えっと……そうだなぁ…1時間半くらいかなぁ?」
「マジか…」
長い前髪をかきあげながら起き上がる。
俺の肩には北欧デザインのかわいらしいブランケットがかけられていた。これはたぶん…暁人のものだな。
母との電話の後、一旦気持ちをリセットしたくて暁人のバイト先に顔を出しに来たが…どうやら着いてすぐ、カウンターで眠ってしまったようだ。完全に煮詰まった状態で来たのが良くなかった。
ここ最近ほとんど眠れていなかったのに、突然寝落ちたなんて…この店はどんだけ居心地がいいんだよ。いや…店というか、ここにいる人たちの存在に安心したのかな。ここの従業員は俺の大好きな人ばかりが集まっているから。…にしても、気緩みすぎだけど。
「あれ……他のお客さんは…?」
改めて周りを見渡すと俺と楓さん以外誰もいない。むしろ、カフェスペース以外電気も消えていた。
「んー?帰ったよ?もう閉店したから」
「えっ、嘘!?ごめんっ…!!俺もすぐ帰るから……!」
「なんで?」
「へ…なんでって…逆になんで…?」
「えーだって…俺まだ片付けしてるし…もう少しお話しない?」
「………いいの?」
「ふふっ…もちろん!」
楓さんって、笑うと目元に笑い皺が出来るタイプ。吊り目でキツイ顔の俺とは真逆だ。
優しくて……あったかい。
出会った日からずっとそうだ。初めて会った時も、暁人が不在のタイミングに訪ねてきてしまった見知らぬ俺をお店に優しく迎えてくれた。俺が困っている時や、不安な時…さりげなく声をかけてくれるんだよな。それが…とても心地いい。
「暁人も旭も…もうあがったんだ……」
「うんっ、もう帰ったよ~2人にかなちゃんをよろしくって託されちゃった!」
「……すんません……、居座っちゃって…」
「全然!……かなちゃん相当寝不足だったんでしょ……?ちょっとでも寝れたならむしろよかったよ」
「………あー……色々あって……最近、不眠症気味で…」
「……そっか…」
恭介の浮気現場を目撃して約1週間が経ったが、俺はその日からほとんど眠れていない。
過去最強に目の下のクマも酷いし、日に日に足元がフラフラする感覚が強くなっている気がする。なんだか宙に浮いているみたい。あれから俺の悩みは、解決するどころかどんどんと良くない方向に向かっている気がする。何故なら、恭介が俺に会いに来る頻度が…少しずつ減っているから。
恭介は毎度妹さん関連でいちいち言い訳を言ってくるけど、それもどうも怪しくて……やっぱり真実はよくわからない。
仮に、浮気の為に妹さんの存在を利用して俺に嘘の言い訳をしてるなら……マジで最低だ。
それでも、突っ込んで聞けない俺は………
もっと最低。
「かなちゃん今日車で来た?」
「え…いや、タクシーだけど……なんで?」
「お!ナイス!じゃあ~ホットワイン飲まない?」
「……え」
「閉店後たまーに1人で作って飲んでるの!今日はかなちゃんにもお裾分け!」
「まじ?いいの?」
「うん!」
まさかの提案に、俺は楓さんを見上げた。
このお店、メニューでアルコールは置いてないから…この提案は予想外すぎる。
「ホットワインはねぇ~、冷えとか風邪の予防にも効果があるんだけど…なんと言っても寝付きが良くなるの!」
「…!」
「かなちゃんがおうちに帰ったらよく眠れるように…美味しく作るからね!」
「……ありがと、……楓さん…」
「ふふふっ、どういたしまして~!」
ああ、やっぱり…素敵な人だ。楓さんの優しさとこの笑顔で、荒んだ心が少しだけ回復した気がした。暁人が懐くのもわかる。
…そっか……俺………楓さんを見ると安心する理由…わかったかも。
きっと俺、楓さんに理想の母親像を重ねてるんだ。俺の母親はあまりにも特殊過ぎたから、こういう家庭的であったかい人に憧れてしまう。
って……男の人にそんなこと思うのは失礼か。楓さんって母性の塊みたいな雰囲気あるからつい甘えちゃっていけない。
「あ、そうそう…お店閉める時ね…常連さんみーんなかなちゃんの寝顔見てメロメロになってたよ?」
「…えっ!?」
「まさにスリーピングビューティだよねぇ~ってみんな盛り上がっちゃってさ!そしたらあきちゃんがね、"要が起きちゃうから静かに~!!"って必死に護衛し始めちゃって…それがまた可愛くてさぁ…!」
「…暁人が?」
「うんっ!いつもと逆だよね?もぉ、あまりにも面白くって俺も旭くんも爆笑しちゃった!」
人差し指を口元に当てて、必死な顔をしてる暁人が容易に想像できてしまった。…かわいすぎかよ、俺の親友は。
「美人はどこに行っても注目の的になっちゃうねぇ~」
「………楓さんも俺のこと美人って思うんだ…」
「えー当たり前じゃん!かなちゃんのこと綺麗って思わない人この世にいるの?誰がどう見たって絶世の美青年だよ?」
「…………そんな、いいもんでもないけどな……」
「え、嬉しくない…ってこと?」
「………あーいや……くそぉ…なんかそう言うとすっげぇやな奴みたいだよなぁ…俺……」
「ふふっ…そんなことないけど……そっか、かなちゃんは自分の外見あんまり好きじゃないんだっけ?」
「……まぁ……嫌な思いばっかしてきたんで…」
俺のトラウマだって、毒舌の鎧だって…元を辿れば全部この顔が原因だ。
美しいことに価値がないとは言わないけれど、外見で手に入れたものは…所詮その程度のものだ。見た目の価値なんて、いつかは失う。
それを失った時、俺には一体…なにが残るんだろう……
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