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キスする前に出来ること【解決編】8

バンッ!!! 突然玄関から爆音がして慌ててそっちに目を向けると、背の高い無表情の女性が棒立ちでこちらを見ていた。 音だけなら今朝のデジャヴなはずなのに……一気に家の中の空気が凍りつき、隣で伊吹が息を呑むのを感じた。 体温が………ゆっくり、着実に下がっていく。 ああ、嫌だな… この人の目はいつも俺に『お前なんかいらない』と…語りかけてくる。 「そっちから呼び出すなんて…いい度胸だねクソガキ」 「……母さん」 「ハッ!今日は伊吹もいんのかい」 「いちゃ悪い…?」 「いや…別にいようがいまいがどっちでも変わんないよ…お前なんて」 「……っ」 「まだまともに金も稼げない奴に、用はないね」 「…っ…!もう私にも兄貴にも二度と近付くな!!!早く金返せ!!!!」 俺が話し出すより先に伊吹が叫ぶ。 俺は震える伊吹の身体を必死に押さえ込んで、自分の身体の後ろに隠れさせた。 いつも自信満々で人を手玉に取るタイプの伊吹も、両親の前ではいまだにビクビク怯えてしまう。それもそのはず…幼少期から植え付けられた虐待の記憶は、簡単に消えるもんじゃない。手を上げられることこそほとんど無かったものの、言葉の暴力は俺だけじゃなく伊吹に対しても日常茶飯事だった。 幸い俺と伊吹は歳が離れていたから守ってあげられることが多かったけれど…それでも、この子にとって母の前に立つことは地獄の責め苦と同義だろう。 「兄貴っ…」 「伊吹、いいから…お前が話す必要なんて無いんだよ…」 「でもっ…!」 「いいから…」 きっちりセットされた綺麗な金髪をポンポンと優しく撫でて、改めて母親に向き直る。 本当は俺も吐き気で死にそうだったけど…そんなこと言ってる場合じゃ無い。 妹は…俺が守るんだ。 「母さん」 「チッ…なんだ?金なら返さないよ」 「それはもういいよ…だから今後はもう、俺たちのことほっといてくれない?今日は…それを言いたくて来てもらったんだ」 「…」 「もう、関わらないでくれ…俺にも伊吹にも……もしまた引っ越し先を探したりしたら、今度は本気で接近禁止命令を申し立てるつもりだから」 「…ふざけるんじゃ無いよ!!!!!!」 母の剣幕に、俺の後ろに隠れていた伊吹の身体が跳ねる。 当然だ。俺たちは小さい頃からこの言葉を幾度となく聞かされていたんだから… 「産んでやった恩も忘れて…何が接近禁止命令だ!!!クズどもが!!!!お前たちがどこに行って何をしようが…そんなの関係ないんだよ!!一生金をむしり取ってやる…!!!」 「もう……やめてくれよっ…母さんっ…」 「やめないね…!!!お前らがアタシより幸せに暮らすなんて絶対に許さないからな…っ!!!どんな手を使っても…地獄に道連れにしてやる!!!」 「……っ、」 「死ぬまで金せびってやるからなっ!!!!」 悔しくて悔しくて仕方ないのに………声が出ない。 震える伊吹の背中をさすってやるだけで精一杯。 ああ…俺たちは一生…… この人から……親から……逃げられないんだ… あいも変わらず叫び続けている母の罵詈雑言はもう俺たちの耳には届いていなくて、グッと噛み締めた唇から鉄の味がし始めた… その時、 嗅ぎ慣れた花の香りが俺の鼻腔をくすぐった。 目の端にミルクティーベージュの青年を捉えたときには、彼はもう俺たちと母の間に立ち塞がっていた。 「はじめまして」 「…あ?なんだお前…?」 「あなたに電話かけて呼び出したのは俺です…」 「ああ…さっきの…」 「はい…今、恭介さんとお付き合いしてます」 「は……?…恭介と…?」 「はい」 俺はすぐにかなの肩を掴む。 だが、一瞬振り向いたかなは…真っ直ぐ俺を見て『俺が守る』と小さく呟いた。 情けないけど、もう…泣き出したいのを押さえ込むので必死だった。 親に虐げられ、親戚に見放され、彼女にすら裏切られ……妹のためだけに生きてきた。 だって、誰も守ってなんてくれなかったから。 誰も……俺を愛してなんてくれなかったから。 なのに、 なのに、 神様…… どうしてこの人は、俺のために戦ってくれるんですか…? どうしてかなは… 俺なんかを……… 愛してくれるの………? 「へぇ…恭介のねぇ…ずいぶん綺麗じゃないか」 「それは…どうも」 「ハハハッ…!こりゃとんだ上玉だ…!綺麗な女ってのは腐るほどいるけどねぇ…男となると途端に希少価値が上がるんだ…」 「…何が言いたいんですか」 「声もいいし…アンタならそのお綺麗な顔と身体で変態のクソジジイどもから唸るほど金を搾り取れるよ…!恭介もいい金のなる木見つけたじゃないか!」 ブチッ!…と、 リアルに血管の切れるような音が頭の中で鳴って、俺は勢いに任せて母親の胸ぐらを掴む。怒りで我を忘れた俺を、かなと伊吹が必死に止めに入る。 だけどもう、それどころじゃ無い。 こんなの、許せるはずない。 「このクソババアッ!!!殺してやるっ!!!!」 「兄貴っ!!!やめろっ!!!」 「バカっ…!!恭介…落ち着けって!!!!」 「俺のことは何言ったっていい!!!だけど、この人への侮辱は絶対に許さない!!!!」 目を血走らせて叫ぶ俺に、母は表情1つ変えない。 もう、俺の言葉がこの人に響くことなど……無いのだろう。 「放しなクソガキ」 「…っ、」 「お前も伊吹も…そしてその綺麗な兄ちゃんも…みんなアタシにとっては金のなる木だよ…ありがとうなぁ……」 ニタァ…といやらしい笑みを浮かべる母に、いよいよ殴りかかろうとした俺の腕を、かながグッと掴んだ。 振り払おうとしたが、ビクともしない。 「かな…!放してっ!!!」 「落ち着けって言ってんだろ恭介…!」 腕力に物を言わせてそのまま俺を下がらせたかなは、先程我が家に持ち込んだ謎のカバンを勢いよくひっくり返した。 ドサドサドサッ…と、紙の落ちる音が玄関の床に響く。 それを見た瞬間、母は床にしゃがみ込んだ。 嘘、だろ…コレって………

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