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キスする前に出来ること【解決編】9

「手切れ金です……一千万あります」 「……!」 「お好きに使って頂いて構いませんので、どうか2人を解放してください」 「…かなっ……!」 昨日あれほどお金を払うのはやめてくれと頼んだのに…専門学校のお金を立て替えるどころか、まさか母に直接差し出すなんて…! 俺が混乱で立ち尽くしている間に、母はかながぶち撒けたお札を必死に自分のカバンに詰め込む。 その姿があまりにも醜く…哀れで…正直息子としても、人としても、見ていられなかった。 「それとコレ…」 「あ?なんだコレ…名刺…?」 「はい、今後2人に接触したければこの名刺の番号に電話してください…俺が手配した2人の代理人の弁護士です」 「…は?」 母も俺も伊吹も、一斉に目を見開いてかなを見る。 行く場所がある…ってこういうことか…!じゃあかなは……あの短時間でお金を用意して弁護士に話を通したってこと…? いや、行動力ありすぎだろ……!!! 俺たちが呆然としていると、 かなはその場から一歩下り、勢いよく頭を下げた。 「お願いします…、このお金に免じて…2人をあなたたちから……解放してください!」 「…かな…っ」 「やろうと思えば今からだって訴訟に持ち込むことも出来ます…でも俺は…出来れば法の力を使いたく無いし、あなたがこのまま帰ってくれて…もう2人に会わないと誓ってくださるなら今までのことも咎めるつもりはありません」 「……ハッ!…他人のお前には関係ないだろ!!!家族のことに首突っ込んでくるんじゃないよ!!」 「…確かに俺は他人です…でも…恭介の恋人として、話をする権利くらいあるはずです」 「………」 「きっとこのままじゃ恭介も伊吹も……一生ご両親を恨んで生きることになります……そんなの、俺…嫌なんです……だって、」 かなはようやく顔を上げて、大きく深呼吸して そして…決意したように口を開いた。 「あなたがどんな人でも、俺の愛する人を産んでくれたことには変わりはないから…!」 多分、この瞬間の凛としたかなの横顔……死ぬ時に走馬灯で見るんだろうな… と、なんだか妙に冷静に心の中で呟く。 生涯で初めて愛した人が…俺のために頭を下げて、俺のために必死に戦ってくれている。 こんなの…泣くなって言う方が無理だ。 ほぼ同時に、後ろから伊吹の啜り泣く声が聞こえた。 俺たちは似たもの兄妹だなぁ…と改めて自覚しながらこぼれ落ちてきた涙を拭う。 「もう、2人のことは忘れてください……お願いします……!!」 かなの言葉は、この非情な母にも流石にちょっぴり響いたようで…黙り込んだ後静かに家を出て行った。 お金を置いていかないあたり、ちゃっかりしていると言うか何というか… パタン…とドアが完全に閉まり、再び我が家に静寂が訪れた。 「…はぁ……なんとか、なったな?」 振り向いたかなは、涙でぐしゃぐしゃになっている俺と伊吹を抱き寄せて背中をトントンと優しく撫でた。 この人…ほんとに俺の7個下かよ…? 逞しすぎだろ色んな意味で…!! 「ぐすっ…!かなのバカァ…なんであんな大金渡しちゃうんだよ!!」 「だって…専門学校のお金は出すなってお前に言われちゃったし…」 「だからってなんであんな…!」 「本当に渡したかったのはあの名刺だけど……手切金でも積まなきゃ、お前のお母さん引き下がってくれないって思ったから…話し合いが円滑にいくならあんなもんいくらでも出すっつの!」 「でもっ…!!」 「あー…ハイハイ!!金のことは絶対色々言われると思ってました!!だけど…、めちゃくちゃいい言い訳思いついちゃったもんねー俺!」 「は?」 かなはニコッと笑うと、伊吹の頭をポンと撫でて、俺を見た。 …え?なに?…どういうこと? 「あの金は伊吹への先行投資!無利子無担保なんで、返済したいなら出世払いでよろしく!ま、返さなくてもいいけど!」 「「…はい?」」 「俺、今写真集作っててさ…腕のいいカメラマン探してたんだ!伊吹なら俺の作った服も…それを着た暁人も…最高に輝かせてくれるはず!!俺の目に狂いはないっ!!」 「…えっと…かなちゃん…!?」 「ってわけだから、伊吹!専門学校卒業したら俺の会社でカメラマンやってくれよ!専属じゃなくてもいいからさ!」 「…え…ええっ!!?…ちょっと待って…かなちゃんって一体…!?」 かなは腕を組んで、得意げに笑う。 「俺は結城 要!世界一のデザイナーになる男だ!!!」 「「いや、どこぞの海賊漫画か!!!」」 「あはははっ!!すげーシンクロっ!!!さすが兄妹っ!!!でも違うって!"ワンピース"違い!」 相変わらず言葉遊びが上手な目の前の美青年があり得ない大爆笑を始める。 それを見て……ようやく、 長い戦いが終わったんだと…実感が湧いた。 それからはなんだかほとんどふわふわと幸せに浸っていた。すっかり伊吹と打ち解けたかなは嫉妬してしまうほどキャッキャと楽しそうに写真やデザインの話で盛り上がっていた。 伊吹にはかなの家のことやデザイナー志望であることなどを全て打ち明け……改めてカメラマンとしてかなのお手伝いをする手筈になった。 これで俺たちは親から解放されて、かなは信頼できる腕のいいカメラマンを手に入れた訳だから…双方win-winに見えるけど…… 結局、全部かなのおかげなんだよな。 かなのおかげで……全部がいい方向に収まった。惚れ直すのもいいとこだ。ベタ惚れどころじゃないぞこんなの。 かなにはこれから一生頭が上がらないな……まぁ、もともと上げるつもりもなかったんだけど。 だけど、問題なのは……実の妹がガチでライバルになりそうなところ。 「なぁ兄貴……」 「ん?」 「私が本気でかなちゃんに惚れちゃったって言ったら……困る?」 「えっ!!!!?ちょ、マジで!!?こ、困るよ!!!!いくら伊吹でもそれは絶対ダメだからな!!!?」 「………だよねぇ……」 「…他はお前のためになんだってするけど……かなだけは死んでも譲れない…」 「……はぁ、やっぱそっかぁ…」 「……あれ、なんか…物分かりいいね伊吹……諦めてくれたの?」 「いや、本気で口説く覚悟ができた」 「なんでーーーーーッ!!?!?」 かなが少しだけ席を外した隙に交わされた兄妹の内緒話は、今後波乱を呼ぶのか呼ばないのか……呼ばないことを俺は祈るよ。うん。 その後、案の定午後から予定があるらしい伊吹は名残惜しそうに家を出て行き… ようやく俺とかなは、 かなの自宅マンションに帰宅することになった。

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