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バイプレイヤーズロマンス【前編】5

翌日。 工事現場にでもいるんじゃないかってくらい、全ての音がうるさく感じる。昨日は完全に飲み過ぎてしまった。前日のお酒がここまで尾を引いたのは生まれて初めてかもしれない。もうすぐ開店の時間なのに、死ぬほどしんどい。今日の営業開始は15時だから、なんとかなると高を括っていたのに……。 アルコールはどちらかというと得意な方だけど、まさかかなちゃんがあそこまでの酒豪だなんて知らなくて…つい一緒になって飲んでしまった。自らお酒に呑まれに行った俺はいいけど、和倉くんにはちょっと悪いことしたな。彼はそこまでお酒強いわけじゃなかったろうに…絶対俺より酷い二日酔いになっているに違いない。 柄にもなくソファに寝転んでいると、従業員用の扉が勢いよく開いた。 「楓さーん!おっつかれさまでー……え?」 「…!あきちゃ……!」 大学終わり、いつも通り早めに出勤してきたあきちゃんは、俺の顔を見るや否や慌てふためく。俺も俺で、ソファから慌てて立ち上がる。ダラダラしている場合じゃなかった。 「楓さん…具合悪いの!?」 「あー…えっと…」 「…もしかして…二日酔い?」 「え……わかる?」 「うん……顔色悪いから……爽も飲みすぎた時そんな感じだし……」 「あーなるほど…!えっと…実は昨日、かなちゃんたちと一緒に相当飲んじゃって……」 「ええっ!!?要と!!?楓さん…チャレンジャーだね…!」 「いや…俺が飲みたいって言ったから…」 俺、滅多に二日酔いになんてならないからこんな間抜けな姿をあきちゃんに見せるのも初めて。 大人としては…ちょっと…いや相当情けない。 「楓さんっ…!今日は裏で休んでて?すぐ旭も来るし、今日は平日だから2人でもお店回せると思うの」 「いや、でも…これは俺の自業自得で…」 「でもじゃないの!そんな真っ青な顔でお店に立たせられるわけないでしょ!?もっと自分の身体大事にしなきゃダメ!!」 「……ご、ごめんなさい…」 あきちゃんに叱られて思わず肩をすくめると、ポンポンと頭を撫でられる。俺の方がかなり背が高いから、一生懸命背伸びしてくれていてそのいじらしさに胸がきゅんとした。 なんてかわいい小動物…! あきちゃんって…かわいいのに、時々とても頼もしい。ナイスギャップ。 「楓さん…」 「ん…?」 「もしかして…なんか…悩んでる?」 「え?」 「だって…元気ないもん……二日酔いのせいだけじゃないんじゃない…?」 あきちゃんは丁寧に俺の頭を撫でながら微笑んだ。 詳細を話すべきかどうか迷って思わず目が泳ぐ。 これ…どう考えてもあきちゃんには言うべきじゃ無いよね…?身内の話なわけだし…。 どうしよう…… 「…あー…あの……」 「あっ、違う違う!無理やり聞きたかったんじゃないよ?内容は言わなくて大丈夫!」 「え……」 「ただ、俺ね…楓さんが元気になれることはなんでもするって…伝えたかっただけなの」 「……あきちゃん…」 「俺楓さんの笑った顔が大好きなの!だからね、楓さんがいつだって笑顔でいられるようにここの仕事も…それ以外も…なんだって手助けするからね!」 「…っ」 「とりあえず今日は、ゆっくり休んで!そうだ…!あとで二日酔いに効く雑炊作るね!爽にもたまに作ってあげるんだよ?」 えへへと可愛らしく笑ったあきちゃんは、キッチンお借りしまーす!と呟く。 目の前の少年があまりにも愛しくて、グッと涙が込み上げた。 日下部兄弟…マジで一生推す…。 「あきちゃん…!」 「なぁに?」 「抱きしめても…いい?」 「えっ?…いい、けど…」 「……ごめんね?」 戸惑うあきちゃんを両手いっぱいにギュッと抱きしめると、サラサラの黒髪から甘い香りがした。大学の時からずっとこの髪に憧れてたっけ…。まさかその本人を抱きしめる時が来るなんてなぁ…。 「ごめん……、ごめんね…あきちゃん…」 「楓さん…?なんで謝るの…?」 「…ん…、あきちゃんにじゃなくて…君の王子様に…」 「…!爽…?」 「うん…大切な恋人を抱きしめさせていただいて…すみませんっていう…謝罪」 「あはっ…!なにそれ?楓さん変なの…」 …嘘だよあきちゃん。 俺が謝りたい相手は、あきちゃんだよ。 俺、本当は…君の王子様が好きだったんだ。大学時代…名前も知らない君に嫉妬してたんだよ。 その気持ちをやっと手放せたのに…今度は、君の弟を惑わせてしまった…… …だから、ごめんね? 絶対…絶対に、大人として…ケジメつけるから…… 許して。 あきちゃんがバックヤードから出て行った後、俺は再びソファに横になった。やばい、ほんとにずっと気持ち悪い。 目を閉じて、そっとこれからのことを考える。 旭くんが来たら…なんて言えばいいんだろ…… 「…楓…さん…?」 「えっ!!?」 どうやら考えている間に寝落ちてしまったみたいで、目を開けた瞬間学ランの美少年が俺の顔を覗き込んでいた。いつも通り、高校から直接来てくれたようだ。 「あっ…、旭くんっ!!来てたんだ…!おはよう!!」 「……」 「…えっと、旭…くん…?」 「…顔色…悪いです」 「えっ!?あ、平気だよ!?ただの二日…」 全部言い切る前に、旭くんは俺の前髪を指で横に分け、自分のおでこをくっ付けた。まさかの行動に、俺は目を見開いたまま固まる。 目を伏せた状態だと旭くんのまつ毛の長さがより際立つ。サラサラの茶髪が俺の頬に当たるのと同時に、唇に旭くんの吐息がモロにかかった。 やばい… …なに、この…ドラマみたいなシュチュエーション…!

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