156 / 203
バイプレイヤーズロマンス【前編】8
『ねぇ、あの人めちゃくちゃかっこいい…!』
『うっわほんとだ……』
ドアの前に立つ俺たちの斜め後ろくらいの座席に座っていた人たちの声が、もろに耳に入った。どう考えたって……隣の美少年に向けられた言葉だ。
『ヤバイヤバイマジでイケメン…!!しかも爆裂神スタイル…!顔ちっさい!!足長い!!降りちゃう前に声かけよ!?』
『ええっ!?うちらじゃ相手にされないって!』
『わかんないじゃん!!ワンチャンあるかもよ!?』
『いや…ないでしょ……ほら、連れいるし』
ちょっと待ってくれ…マジで気まずいって…。
おそらく女子高生であろうかわいらしい2人組がコソコソと噂話に花を咲かせている。まぁ、俺に聞こえている時点で"コソコソ"ではない訳だけど。
チラッと旭くんの顔色を伺うが、どうやらギリギリ聞こえていないようだ。俺は俯きつつ、どうしたものかと途方に暮れる。
でも、彼女たちの気持ちもわかる。そりゃ見るよ。だって旭くん…ほんとにかっこいいもん。外見だけでこれだけ目を引くのに、その上この性格って……モテないわけない。
だからこそ、改めて思う。
この子…なんで俺なんかを好きになったんだろう…?
俺…何か特別な事した…?
旭くんに会ってから今までのことを思い返してみるが、いくら考えてみても目ぼしい理由は思い当たらない。俺は旭くんに特別優しかったわけでも無いし…むしろ兄であるあきちゃんとの方が会話も多いくらいだ。だからこそ本人から告白されるまで、こういう意味で好かれてるなんて…本当に1ミリも気付かなかったんだ。
俺は顎に手を当てて必死に考え込む。
こんな頭が良くて誰からも好かれるいい子が俺に何かを感じてくれたんだ…正直嬉しいし、出来れば理由が知りたい。
どうして……なんだろう。
『えっ嘘でしょ……!?連れの人も素敵なんだけど……』
『わ、ほんとだ…!綺麗なお兄さん…!!私、あの人もタイプ…!』
『いこう…マジでいこう…凸ろう』
いよいよ気まずさが限界突破しそうなタイミングで、旭くんが急に俺の方に向き直った。
いきなりの視線に驚く間も無く、旭くんは超ウィスパーボイスで俺に囁く。
『楓さん…、すみません』
『えっ?』
『ちょっと…協力してください』
『…ん?協力……?何を?』
『少しだけ…触ってもいいですか?』
『……はい?』
『…失礼します』
意味を理解するより先に旭くんは右手で俺の手を握る。そのまま左手で俺の髪に触れ、顔周りの毛を耳にかけるとニコッと笑った。
「楓…髪、乱れてるよ?」
「…へ!?あ、…えっ!?ほんとに!?」
「うん…これでよし」
「あっ…ありがとう…」
「どういたしまして」
「……え…えっと……」
「………ふっ、」
「え…?旭くん…?」
「……ううん、今日も世界一綺麗だよ…楓」
溶けるような甘い笑顔に、頭の中で特大の花火が弾ける。
なに……なになになになに……
なにソレ!!!!!!!!
ふいに目の端に捉えたJK2人組が顔を真っ赤にして俺たちを見ているのに気が付いて…
俺はようやく旭くんの意図を理解した。
なるほど……そういうことね…!
しばらくして電車が目的地に到着し、俺たちは手を繋いだまま下車する。最後の最後まで女の子たちの視線が背中に突き刺さり、思わず苦笑い。なんか、ものすごく悪いことした気分。
ホームに降り立った直後、旭くんは俺から手を放しペコリと頭を下げた。
「楓さんすみませんでした…!いきなり…」
「いや、全然いいけど…!っていうか……ね…ねぇ旭くん!あの子たちの声聞こえてたの!?」
「はい、全部聞こえてました……あんなおっきな声出されたら嫌でも聞こえますよ」
「なんだ…!俺てっきり聞こえてないもんだと…!」
「あー…いや、普段ならああいうのなるべく無視するんですけど…今日は楓さんとの大事なデートの日なんで邪魔されたくなくて、先手打っちゃいました…所謂、牽制です」
頬をうっすらピンクに染めた旭くんは、照れたような表情で俺を見下ろす。
「それに、あの子たち…楓さんにも興味あったみたいだし…」
「……え、それって」
「あ…すみません、ただのヤキモチです」
「………」
「…?楓さん…?」
「……ふっ…!」
「えっちょっと!笑わないでくださいよっ!」
「ふふっ…!だって…やっと17歳に見えたから…安心しちゃって」
「ええっ?」
「ごめんごめん…!旭くんって常に大人びてるから…初々しいとこ見れて単純に嬉しいだけ…!やっぱりまだ高校生なんだなぁって…」
「も~子供扱いですか!」
「ううんっ、可愛くて…なんか、たまんなくなっちゃっただけ」
クスクス笑う俺に、旭くんはボソリと何かを呟く。いつもと違う、切なげに目を細めた姿にドキッとした。
…だけどちょうど向かいのホームに電車が到着して、なんて言ったのかは…よくわからなかった。
聞き返すか迷っている間に旭くんはいつもの表情に戻る。
「…じゃ、そろそろ行きましょう楓さん」
「え…う、うん!」
俺たちは再び並んで歩き出す。
さっきまで繋がれていた指の先がまだ少しだけ…焦げたように熱い。錯覚だってわかってるのに…なんでこんな風に感じるんだろう。不思議だ。
歩くのが比較的ゆっくりめの俺に合わせて、旭くんがスピードを緩めるのを肌で感じる。…本当に優しい子だ。
…なんだか、旭くんの隣は安心するなぁ。
なんでかな…こんな気持ち、樋口の隣にいる時も決して感じたり…しなかったのに……
ともだちにシェアしよう!